(ああ、ここにも停まってる)
結構朝早く出掛けてきたのに目当ての場所にはもう車が停まっていた。しかもここで二ヶ所目だ。
思い切って山越えで違う水系に移動したほうがいいか。
時間だけが過ぎていく。だんだん中途半端な時間になってきているなあ。
川を辿る細い道を進んでいくと、ひとつの支流との出会いのところに出た。
そういえばここに支流があったな。この川はどんななんだろう。出会いのところ前後には車は停まっていない。やってみるか。
原生林の奥に確かにその川はあった。
この支流は深くだんだんと道路から離れてしまう。
でも僕の記憶だと確かこのずっと上流でまた道路に近づくはずだ。その辺りには民家もぽつりぽつりとあったような気がする。
川幅はそんなに広くはないが上空は大きく空間が開けているので、ロッドを振る邪魔にはならない。水量もまずまず。こりゃあいいんじゃないのか。
そうこうしているうちに一匹目がかかった。痩せてはいるがそこそこのアマゴだ。
順調な釣りの予感がしてきた。
すぐにまずまずのアマゴが。こりゃ当たりか?
考えてみればそこに川が流れているという認識はあっても、釣り場としてとらえたことがない、という川はいくつかある。
特別理由があるかないかはいろいろだ。
すぐそばにもっと評判の良い川があって、そっちばかりに注目していたり、なんとなくその川が釣れそうな気がしないというただの先入観でパスしていたり。
あるいは過去に釣りに入った事があり、さっぱりダメだったからそれっきりだったり。

この川はそのどれにも当てはまらない川だった。存在は知っていたがなぜ今まで釣りに入ろうと思わなかったのか。
とにかく一匹釣れて認識を改めてさらに釣れるかと言うと、どうもそうではなくなってきた。
その先、一切魚は出てこない。渓相は悪くはなく期待も持てるくらいだから、ついつい先へ先へと行ってしまうのだが、あまりに反応がないので、一旦道へ上がる事にした。
苔むした斜面。そこは忘れ去られた場所。
上がるまでの川原、そして上がろうとした斜面。それぞれに古い足跡はしっかりあった。
やはりというか、僕が入らなかっただけで、この川にはほかの釣り人はちゃんと入っているのだ。
一旦車まで戻り上流へ向かって移動した。一気に民家があるはずの場所まで行くつもりだった。
ところがいつまで経ってもそんな民家なんて現れない。
それはおかしいと思うのだがそれ以上にこの支流の流程の長さにも驚いた。あまりさかのぼると流れが細くなりそうだから、適当な場所でまた下りてみる事にした。
徐々に魚影は濃くなってきたが。
下りてまたびっくりだが、先ほどと川の様子があまり変わらない。水も同じくらいにしっかり流れている。
かなりの距離は車で移動したのに。
ある場所よりもその上流の方が明らかに水量が多くなる川を何度か見た事はある。途中で取水していたらその上が多いのは当然だし、川底の地形の関係で見た目の水量が変わることもある。
ただこの川の様子はそういうのとはちょっと違う気がした。僕が初めて入る場所だからそう感じただけかも知れないが。
でも釣り人にとっては肝心の魚がいなくては様子がどうこう言っても始まらない。
不意に真横から鳥が飛び立った。黄色の腹が目に入ったが、なんだったのかと飛び立ったところを見ると、巣があった。
中には卵がある。僕が近づくぎりぎりまでがんばって卵を守っていたのか。
しかし釣り人が頻繁に通る場所なら鳥も巣なんて作らないんじゃあないだろうか。
僕はこうやって釣りで鳥の巣をまじまじと見るのは初めてだった。
そしてこの鳥の巣から先で、ぱたぱたっとアマゴが釣れ出した。
最初のサイズは出てこないが、それでも魚影は濃くなってきた。
キセキレイ(?)と思われる鳥の巣。ここにも新たな命が。
ところどころでライズもしていた。どうもストーンフライが出ているようだ。
特徴のある飛び方の虫がちらほら見えている。
そしてライズのアマゴもほぼ手中にできるのだが、どれも小さい。というか、上流へ進むにつれてどんどん小さくなっていくようだ。
たまにいいサイズでも出ればいいのだがさっぱりだ。
見ると二度目の入渓地点では道路と川が近かったのに、また遠ざかっている。
このまま釣り上がって、道路へ戻れる場所があるのだろうか。
小さいが魚体はきれい。せめてそれくらいじゃないとね。
あるはずの民家が見当たらなかったこともあり、どうもここは僕の記憶の中の川とは違うようだ。
この先どうなっているのか、様子の分からない川での釣りはどこか落ち着かず不安な気持ちがついてくる。
そしてまた一匹、更に小さくなったアマゴが釣れた。
このまま上流へ向かえば、川の流れもアマゴももっともっと細く小さくなり、山の中へ吸い込まれて消えていくような気がした。
そんな所に釣り人がいてもなにもすることはないな。
そろそろ日が暮れる。
この水際の奇木。もとは釣り人だったかもσ(^_^;)