狭い流れを元気よく泳ぎ回って、ネットにするりと入ったゴギは谷の水で磨かれたきれいな魚体のたくましいヤツだった。
意外なほどあっさり釣れた。いやまだ気温が上がってきていないし日の光も川筋に届いていない。
だからか。
リリースするとき水に手を浸してその冷たさにも意外な印象を受けた。
どちらも僕の予想が良いほうに裏切られた。こういう予想の外れ方なら大歓迎だ。
低気圧が近い。にわかに雲が増えてきた。
なにしろ川が狭いから、スポットをピンポイントでフライを打ち込むようなスタイルの釣りになってしまう。
うまい事小さな溜まりのポケットへフライが入ったら、ゴギは瞬時に出てきた。
彼らにとっても虫が流れてきて、餌にありつけるチャンスはそうそうあるものではないはず。
ちゃんとポイントへ投げれれば、そしてそこにゴギが居さえすれば一発で出てきた。
前の夜、あれこれ心配をしていたのは、本当に余計な心配だった。
ゴギの色や模様は川底の石の様子を映した迷彩なのかも。
雨が続く梅雨らしい予報は出ていた。この日はその雨期間が始まる直前の最後の晴れの日だった。
次の週末まで待てば、その間にしっかりと良い雨が降ってくれて川も息を吹き返すだろう。
でも僕はそれを待ちきれなかった。そしてこの一番水の少ないであろうタイミングでの釣りをすることになったのだ。よりによって一番条件の悪い時に好き好んで出掛けてきたのだから、釣れなくても文句も言えない。
ただ、最悪の条件とは言っても入る川によってはどう転ぶかわからない。
あれこれ考えてひとつの谷へ向かった。過度な期待は禁物、一匹釣れたら良しとせねばと自分に言い聞かせていた。ところが釣りを始めてみたら僕のイメージとはだいぶ違う、生気の感じられる川がそこにあった。
オオヤマカワゲラはヤマメよりも長生きする。大型はカゲロウくらい食べそうだな。 カワゲラにも甲虫にもマッチするピーコックカディス。
そもそも釣り自体が久しぶりだった。
前回まではまだカゲロウを意識した釣りで、フライボックスもそれ用のフライが入っていた。
この日も同じフライボックスを持ってきたが、中身はさすがにちょっと季節がずれているなあ。
釣りに行っていない間に巻いていたピーコックボディのヘアウィングカディスやエルクへアカディスがなんとかテレストリアルとしても使えるから助かった。
そしてそのフライにゴギはためらわず飛びついてきた。
川は細いが水は決して少なくはないようだ。
ちょっと腰を下ろすとウエーダーを伝ってアリがはい上がってくる。尺取り虫や毛虫もいる。
渓魚の餌の図式もずいぶんと変わっているようだ。
ふいにヤマメが顔を出した。かなり痩せたヤマメだった。僕のイメージしていたのはこういうことだった。
長く雨が降らず川の水もなく、渓魚の餌もない。こんな状況では釣れない、釣れてもコンディションの悪い痩せた魚しか釣れない。
だがこの川のゴギはちょっと違っていた。
ヤマメはゴギよりも餌をより好みするのか?
ゴギは横から見ると細いが断面は太いような形。この川のゴギは決して痩せてはいなかった。
やはり同じ悪条件の川にヤマメとゴギが住んでいたら、ゴギのほうが何でもかんでも食べる分、餌と言う面で有利と思える。
ヤマメもいざとなればゴギと同じものでも食べるかも知れないが、普段はそこまで悪食ではないからなかなか餌をとれない。
すると普段から節操なくなんでも食べるゴギは、暑くて渇水の状況でも平気でいつものように餌を捕まえて食べている気がする。
ハードシェルアントは夏の切り札フライだな。
ゴギのなわばりでは餌取りではかなわないから、少しくだったほうがいいよ、とヤマメをリリースした。
そういうこともあってヤマメとゴギの生息域は分れていたのかも知れないが、最近はいろんな事情でそれが崩れつつあるのも確かだ。

ヤマメにはつらい季節は人間にもつらい。
気温はしかたないところだが、春は花粉で苦しんだ。それがなくなった今は、花粉にとってかわってブヨが顔の前にまとわりつく。
虫よけなんて効きやしない。
わしゃあ、なんでも食うで〜。とおっしゃっていますσ(^_^;)
小さな流れの溜まりでヘアカディスにゴギが出たが、空振り。
もう一回ヘアカディスを落とすとまた出た、また空振り。こりゃいかん、ちょっとまじめにやろう。もう一度フライを投げる。
流れのヨレで止まったままのフライにまたゴギがゆら〜っと出てきた。しかし今度は見に来ただけで水底へ戻っていった。
このゴギ、やる気はあるようだがこのフライじゃダメだ。フライボックスを見てみるがこれっていうフライがない。
と、目に付いたのはハードシェルアントだ。部屋で一本だけ巻いてその面倒さにギブアップしたフライだった。リアルなボディはどうか? 
静かにキャスト、一発で食いついた。

ヤマメには厳しい川もゴギには許容範囲内の状況のようだった。
そしてこれだけ雨が降らないのに、それでも思ったよりも川には水はあり、その水は冷たい。
まだまだ僕の予想などはるかに及ばない力が、ここにはある。
やっぱりこういうとこは空気がおいしいよね〜。腹は太らんが。