ウエーダーをはいてベストを着るまで、ランディングネットを忘れた事に気が付かなかった。
最近はベストは車の中に置きっぱなしで、ネットだけを部屋に持って上がる。
釣りに行く時にベストも持って車へ行くのならいやでも気が付くが、ネット単体だから忘れてしまった。
まあハンドキャッチでやるしかないかと思ったが、こういう日に限って大物が、なんて虫のいい想像をしてみた。
まあその時は岸に引き上げればなんとかなるか。
ロイヤルウルフ。昔はこういう凝ったパターン、巻いてたなあ。
前日にもかなりの雨量を記録していたから、かなり上流の支流でないと釣りにならないだろう。
目当ての川はゴギの川だった。釣り始めてすぐに小さなゴギを一匹。前回の増水での期待大の釣りはひどい結果だったが、今回は場所選びにも慎重を期した。
水さえしっかりあればほとんどのポイントでゴギの釣れる川だ。
ただどうも僕の予測を越える増水で、ポイントがなくなってしまっているところが目立つ。
ところどころでゴギは出てくるがフッキングにまで至らないことが多かった。
やっぱりこれからはあなたの季節ですよね〜。
明らかにテレストリアルパターンが弾不足になっていた。
前の夜も何本か巻こうと思っていたがそういう気にならず、昔のフライボックスを引っ張り出してそこから使えそうなフライをピックアップしてきた。
入渓して小一時間、どうにもゴギの反応が薄い。
どうしようかと思い始めた頃、後方で人の気配がした。
見ると沢登のグループがこちらに向かって上がってきている。
何年か前、沢登の人たちに横をずかずかと追い抜かれ、全く釣りにならなかったことがあった。
お気を付けて。この先は険しいです(^_^;
どうするか?と思っていると、グループのリーダーらしき人が「あっち? こっち?」と指を差してきた。
僕が近寄ってみると向こうもこちらへやってきた。
「まだ上に釣り上がるのなら、僕らはしばらく川を巻いて上がりますよ」と言ってきた。
彼らは朝別の川へ入ったらしいが前日の雨の増水で渡渉出来ず、この川へと移動してきたらしい。
釣れたかと聞くので小さなゴギが一匹だけと言うと、彼がザックに忍ばせたロッドを見せてきた。沢登のかたわら釣りもするようだ。だが朝最初の川の遊漁券は持っていてもこの川の券は持っていないから釣りができないと言っていた。
それはそうだが、それにしてもまじめな方だ。そもそも以前僕が経験した沢登の人たちとの遭遇とはかなり違う。巻いていこうと言ってくれたのも、彼が釣りをするからそのあたりのことがわかってのことだ。
リーダーと話をしているうちにほかのメンバーが上流へ進み出した。こらこらとリーダーが声をかけたが、僕はそれを制した。
「ゴギの反応がイマイチなんでほかの川へ行きます」と言うと、彼は両手を合わせて、すまんすまんというポーズをとった。
彼の後ろ姿を見送りながら思った。僕がロッド片手に歩く川を彼らはヘルメットにウエットスーツ、ザイルという装備で行く。えらく大げさな気がしたが、見ているとそうではない。彼らは同じ川でもあえて一番難しいコース取りで遡行しているようだった。
恒例の渓のハートマーク。
釣り場の入り口にはいろんな目印がある。 サワガニもゴギのエサになるのか?
移動した川は最初の川から車でものの20分くらいのところにある。ここもまずまずの水位だったが、増水してこれなら雨が降る前はカラッカラだったんじゃあなかろうか?
すぐにゴギが掛かった。最初の川のよりは良い型だ。
ちょっとサイズアップすると条件反射で背中に手を回してしまう。すると、あるはずのものがない。
あわててゴギを岸際の浅い流れに引き上げる。
これくらいなら実際ネットはいらないだろうが、なにか調子が狂うなあ。
少しサイズアップしたゴギ。こっちの川が正解か。
ネットが背中にある安心感とでもいえるものが、釣りのリズムにも少なからず影響している。
もしでかいのが掛かってもネットがあればなんとかなるが、なかったらどうなるのか?
そう考えるとえらく心細い感じが襲ってきた。
背中にネットがあるだけで、普段どおりの釣りが安定してできるのだと、忘れてきて初めて気が付いた。
それでも雨でリフレッシュされた川からは、いいテンポでゴギが飛び出し始めた。
なんか背中がスカスカします。
かなり上流まできた。浅い流れが続いている。この辺りはもう平水に戻りつつあるようだ。
唐突にフライにバサッと水が覆い被さった。ゴギが食いついた。
グンとロッドが持っていかれる感触。ちょっと今までのゴギとは違う。
ゴギ特有のトルクのある引きでぐいぐいと引っ張られる。こいつは岸際のえぐれの中に潜り込もうとしている。
ロッドを寝かせてゆっくりと引っ張り出す。それでも首をブルブル降ってあらがう。
と、ここで気が付いた。ネットがない。
こいつはごぼう抜きだとティペットが切れそうだ。うまいこと寄せて上げられる川原がない。
手を差し出すが、掴んでどうなるか? 滑って落ちて切れるのが関の山だ。
それならと、僕は帽子を取り水に浸して水中から帽子でゴギを掴んだ。
そのまま帽子を袋状に掴み、ゴギを水ごと持ち上げた。
その帽子はやけに重たかった。
帽子のプール。居心地はいかが?σ(^_^;)