霧の出る日は良い釣りができる。
誰かからそう聞いたことがある。実際この日は朝起きたらかなり雨が降っていた。それでもアメダスで見ると北部は降っていない。
しかし霧の発生は予想できた。
霧が出ると熊が動く、なんて話も聞いたことがあるなあ。
視界の悪い山道を進むと霧の乱反射でぱっと明るくなってきた。
峠が近いところまできた。
車を停め外に出ると細かい霧雨が降っていた。
でも僕はカッパを着ずに川へ下りた。
峠越えの村道は霧に煙る。霧は川筋を沿って下っていく。
ものの数投で一匹目が出た。
鮮やかなオレンジ色が水面で跳ねた。小さいがきれいなゴギが釣れて、まずはホッとした。
川筋は霧で煙って先が見通せない。そしてクモの巣となぎ倒された木や葦が行く手を塞いでいる。
どれだけ釣れるだろうかと、期待と疑念が半々だったが、すぐに二匹目が釣れた。
これまた小さいがとにかく釣れて良かった。ひょっとしたら増水やそのあとの影響で釣りは難しいかも知れないと思っていたから、良いほうに予想が外れた。
腹とヒレの見事な朱色。この川のゴギの特徴だ。
バタバタしていて落ち着かない日が続き、更にはゲリラ豪雨の増水でどのみち釣りには行けない週末が続いていた。この日も朝からの雨で散々迷ったが、ちょっとは気分転換をしたほうがいいと思って強行した。
北部はそんなに降っていないのはわかっていたが、それまでの大雨の増水はまだ収まっていない可能性もあり、かなりの上流でないと釣りが出来ないと思った。
ただ険しい林道とかはそれこそ崩れていることもありうるから、せめて舗装された道路沿いの川を釣り場にしようとこの川にきた。
八月最初のこの日、まだ梅雨は明けていない。僕の記憶では八月まで梅雨が続くのはほとんど覚えがない。
霧雨が少しおさまってきた。
霧自体もだんだん消え始めているようだ。
この辺りはもうかなり源流に近いが、山岳渓流のような険しさはない。なだらかな山の頂上付近をあまり高低差のない川が流れている。川がなだらかで辺りにはもう高い峰がないから、開けた不思議な感じのする川だ。
そしてこの季節、雨が降ればオレンジ色をまとったゴギが姿を現す。
また一匹、太いトルクでロッドが曲がった。
ゴギは住む川の色を身にまとうのかも知れない。
それにしても今年の梅雨はおかしな雨の降り方だ。
前半は全く雨が降らず水不足に悩まされ、後半は各地で災害をもたらしたゲリラ豪雨だ。
それが今でも続いている。
下流の本流はずっと茶色の水で増水したままだし、インターチェンジを下りたところの川も上流のダムが放水しているから、濁流が流れている。
ひょっとしたら今年はもう釣りにくることはないかなあ、とも思い始めていたくらいだ。
どんなに増水しても、ゴギはどっかにかくれて生き延びる。
パッとと空が明るくなった。
雲が切れ、青空がのぞいている。
町でも山でも青空を見るのはずいぶんと久しぶりのような気がした。
クモの巣で次々とティペットは切られ、覆い被さる木の枝にひっかけ、かなりの苦戦ではあったが、空が明るくなるとなんだかやる気が出てくる。
フライを黒いワームパターンにしてみた。これが当りだった。
ゴギはこのフライを引ったくるように食ってくる。あきらかにそれまでのフライとは反応が違った。
ボディにハックルを巻いただけなのに、反応はすこぶる良い。
ばっさりくわえるゴギ。
腹ぺこだったんだろうなあ。
竹やぶがかぶさると、釣りにくい事このうえない。
朝からの霧で湿気がすごく、クモの巣や薮をかわしながら進んできたからかなり暑い。
しかしそれは夏本番の暑さと比べたらまだ優しいほうだ。
いくら八月になったと言ってもまだ梅雨だから、暑さも梅雨の段階で留まっているようだ。
スッと風が吹いた。なんとも気持ちいい涼風で、これから梅雨が明けて夏になるとは思えなかった。
まるで季節をひとつ飛び越して秋に向かう手前のような錯覚を起こしそうだった。
同じプールで釣れた3匹目の強者。
小さなプールで立て続けに二匹釣れた。
この細流で一番良いポイントのように思えたから慎重に三匹目を狙ったら、水面スレスレでフッとフライが消えた。
合わせると重たい引きでゴギがプールを突っ走った。グイグイ引く。その引きが心地よい。
一旦引き寄せてもまた抗って深みに潜ろうとする。
一瞬バレてもいいな、と思った。引きの強さにロッドからゴギの生命が十分に伝わってきていた。
そのゴギはまだ元気よくプールを泳ぎ回っていた。
あ〜、セミが鳴いてる。やっぱり夏だねえ。