どうも今年の釣りは天気に惑わされる。
予報で雨だから諦めていたら降らなかったり、行ってほどなく雨が降り出したり。
この日も雨の予報だったがきれいに外れた。逆に出掛けてきた僕の読みは当たったと言える。

夏によく来る川。今年ももう何回来ただろう。
何年も前から夏になればここへ来ていた。どのあたりから入渓してどのへんが良いポイントかが頭に入っている。
夏の緑をまとった山々。ここに緑に埋もれた川がある。
どの区間も熟知している川のつもりだったが、入った事のない区間もあるにはある。
最上流部だ。一番上流エリアでは釣りをしたことがなかった。
確かふたつの沢が合流しているあたりまでは釣った事がある。
それより上流は、小さい沢の方はすぐに細流となり、本筋の方はずっと県道沿いに川があるので、様子はなんとなくわかっていた。
その最上流部を詰めてみようという考えが頭をよぎった。
とことんやるつもりはないが、まずは釣れるところまで行ってみよう。
この先、どこまで釣りが可能か。
ふたつの沢の合流部から入渓した。
本筋の方の県道沿いの川を釣り上がった。しかしすぐに期待がしぼんできた。
ポイントがないのだ。水量は少なくはないが格段多くもなく、ぺたっとしたチャラ瀬が続いている。ちょっとした深みでもない限りゴギはいそうにない。
日が当たっているところは全くだめだろう。
ただそこは県道沿いの川の利点で、この川を諦めるならどこでもすぐに道に上がれて車に戻る事はできる。
そういう安心感は逆に言えば誰でも簡単にこの辺り入っているということも言えはするが。
場所によっては道の上から釣り糸を垂らしてそうなポイントもちょくちょくある。

その道の上から攻められそうなポイントでゴギが出た。
しかし空振り、どうせいやしないと油断した。ひょっとしたら今のがこの区間唯一のゴギだったかもしれないのに。
上流域のゴギ。彼らは可能な限り遡上するのか。
不意に上流からオニヤンマが飛んできた。
僕の正面で空中停止し、僕をじっと見ている。警戒するでもなく、逃げるでもなく。
僕が見えていないのだろうか?

よく知っているはずの川でもここまで上流だとやはり雰囲気は違う。横の道を通るだけじゃ見えているようで見えていない。
バサッとフライにゴギが食いついた。ロッドをあおるとオニヤンマはようやく僕に気付いたのか、飛んで逃げてしまった。
ここは居るでしょー。問題はどうキャストするかだ。
ゴギが釣れない訳はないとは思っていたが、なにしろ道の横だ。ポイントも限られているし、あらかた抜かれていなくなるということは考えられる。
その後もなんとかちびゴギが釣れたが、流れはどんどん細く浅くなってきた。
まだ木が覆い被さったりやぶに囲まれたりしてこないから、ロッドは振る事はできる。アブやブヨは多いがクモの巣が少ないのも助かる。
ゴギは果たして水の流れがある限り上流へ向かおうとするのだろうか? 身を潜める場所があってちゃんと酸素も摂れるところがあれば、それ以上上流へリスクをおかしてまで行く必要はないような気もするが。
いったん車まで戻って昼食をとった。舗装路を歩けるからラクチンラクチン。
車に乗りエンジンをかけてクーラーをまわす。一気に汗がひいてこれまた極楽だなあ。
おにぎりを食べていると、コンコンと車をノックするような音がした。
まわりを見ても誰もいない。コンコンはアブだった。
これはいかん、エンジンをかけたから一気にアブが集まってきた。その数のすごさ、外に出れる状況じゃなくなってしまった。
上流を目指すものたちにとって、より上流のものが優位ということになるのかなあ。
車を移動し、川から上がった場所の近くに停めた。
アブはすぐまた集まってきたが、そそくさと車から降り、走って川へ向かった。
最上流部といってもこのアプローチの手軽さはやっぱり緊張感はないな。
なんとか魚がいて釣りが出来るんだから、それはそれでいいんだけど。かなりの距離を歩いて、奥深い源流帯へ行くような釣りもいいし、どちらもそれぞれの釣りの面白みはある。
ただなかなか源流と呼ばれるところまで釣り詰める機会は少ない。
釣りの限界は魚がどうこういうより人が行けるかどうかだな。
少し水の溜まっているポイント。一発で出た。
もうかなり水量は減り、ここまで来るとどのポイントにゴギが居る、居ないがはっきりわかるようになった。
ゴギが上流を目指すのは本能なのか。そしてそれを追うように僕も季節の移ろいとともに上流に導かれる。
上流を目指す魚をいっしょになって上流に向かって追いかけるなんて、なんとも魅かれる話ではないか。
いつか、どこかの川の一番上流部にいるゴギを釣ってみたい。それがその川の一番最初の流れに居ると言う事が、なんだかとても特別な気がする。

川がぐるりとカーブしていた。
そのカーブの向こう側は様子が一変していた。
小さな木や葦が川を覆い、流れもその先も見通せなくなっていた。
木々に隔てられ、僕はもう進めない。しかしその流れの先にゴギたちは間違いなく遡っているはずだ。
一番快適なのは釣り人が来ない場所かな。