流れが岩肌にぶつかっている、その手前。
アマゴが定位している。
見えている魚を狙うのは、この季節では珍しい。
なんどもキャストやドリフトをイメージし、後方の木の枝も確認した。
そして慎重に慎重を期した一投。ラインは水面を叩き、フライはあらぬ方向へ。
ヤマメは姿を消した。一投で終わったな。
上流へ向き直る。なんだか今日は暑くなりそうだ。
うるさいほどのセミの声を今年は聞いてないなあ。
ドライフライがよく見えている。
なかなか波にも魚にも飲み込まれることはなく水面を漂っている。
水面に張り付くようなアントからボディの半分を沈ませるパターン。水面から高く浮くエルクへアカディスと、いろいろ変えてみるがどうも反応がない。
うすうすと思っているのは、パターンはある程度どのフライでも出るんじゃないだろうか、ということ。
結局出ないのは魚がいないのではないか。いればたいてい出てくるはずだ。
最近人が入った形跡はあるが、昨日今日よりはちょっと古そうだ。
あらかた抜かれてしまったのかなあ。

ピシャッと水面が弾け、ずいぶん小さいアマゴが引っ掛かってきた。
この時期、こういう小さいアマゴならやたらたくさんいる。
できればこのテは釣りたくないんだが。
木の陰の向こうに釣りの気力を萎えさせる暑さがある。
山の斜面に隠れていた太陽が顔を出してきた。
川原にも水面にも日が当たり始めている。
すぐ横の木でミンミンゼミが鳴き出した。今年はあまり聞いてない気がしていたが、ここにきてようやくセミも元気を取り戻したのかなあ。
しかしセミの鳴き声はそのまま釣りに不利な時間帯への突入の合図でもある。
ティペットを直していると汗が流れ出し、ブヨが目の前をうるさく飛ぶ。熱気で眼鏡もくもって見えにくいったらないな。
それでもこういう魚も居るには居るんだがなあ。
いい感じの流れもしかし反応はなかった。日も当たっているしな。
ただ水中にある石の下側がえぐれているのは見えている。
こういうところにアマゴが身を潜めている。ならば沈めて・・。
なんていうふうにして、実際に釣れた試しがない。
でもそのままパスしたら後悔しそうなので、一応沈めて流してみる事にした。
ウエットアントを結んでキャストした。マーカーが沈み石の横を通過する。アマゴがいればここでマーカーが沈んで・・・沈んだ!
ウエットアント。夏の釣りには必携か。
ロッドをあおるとググンっと引くではないか。魚がかかっている、ホントにかかっている。見事に頭で想像した通りになった。アマゴが岩陰から出てきた。ホントにここにいたんだなあ。
ゆっくりネットですくいながらホントにここにいたんだ〜ってしつこく言ってみる。
アマゴはキョトンとしていた。
こうなったら沈めていこう。今までも沈めたらもっといいのが釣れたんじゃないだろうか?
しかしこのウエットアントは一個しかない。なくさないようにしなければ。そう思い慎重に次のポイントへキャストする最初のバックキャストで木の枝に引っ掛かった。
僕は必死でそのフライを回収した。なにがなんでもなくしてなるものか。
フロータントを手に取って、いや違う、これは沈めるんだった、と思い直す。クセになってるな。
しかしその後の流れで今のような沈み石のポイントはそうそうなく、浅い流れでも構わず沈ませてみるが底石に引っ掛かるばかりだ。
深いポイントでもやはりさっきのようにはいかず、マーカーが沈むことはない。こうなると今度は沈ませることに疑問を感じてくる。
やはり沈ませるのはそれが効果を発揮する場所でのほうが有効だ。ずっと沈ませたままで釣り上がるのには無理があるようだ。
川に生き残る事はきっと大変なことです。
結局またドライフライに戻した。
今日は朝の釣り損なった定位していたヤツと沈ませて釣ったヤツの二匹しかアマゴを見ていない。
いつもこの川のこの区間はここまでと決めている場所にきた。
流れ込む沢沿いにあがると道路に出れる。
このまま進むとまた当分道路には上がれなくなる。しかしこのままじゃちょっとヒドイ釣果だしなあ。ちょっとだけやって引き返すつもりで上流へ進んだ。

もう昼を回っている。久しぶりの夏らしい空、気温はぐんぐん上がってきている。
今までのうっぷんを晴らすかのようにセミの大合唱が始まった。
強い日光が水面を照らし、アマゴの警戒心をぐいぐいあおっているように感じる。
でもこんな日はドライフライで軽快に釣り歩きたい。
そして僕の意地と気まぐれに、アマゴは少しだけ付き合ってくれた。
夏の渓流で一番わがままなのは
釣り人だろうなあ。