なんだか週末の何日か前になると雨が降り、川が増水するという図式が続いている。
この週末前に至っては金曜日に雨、土曜日に雪が降る始末。
それでも日曜日が快晴の予報なら行かない訳にはいかない。ただ、いくら晴れていても条件の悪さは簡単に予想がつく。

M川氏が流れを見て、開口一番
「今日はやったかもしれんのう」
と言った。
そのセリフ、去年も聞いたような気がするなあ。
まだ葉をつけない木々の山肌。早期の景色だなあ。
その支流は新緑の季節には緑に埋もれてしまうような川だ。
林道から見えた流れは清れつそのもので、春光が差し込んでその透明さにも更に拍車をかけていた。
川へ下りるとまずその水の冷たさにひるんだ。
水量はちょうどいい感じだが、それはこの時期のこの川にとっては増水気味なのかも知れなかった。
M川氏と僕は交互にフライを投じながら川を歩いた。
まだ山肌にも緑の見えない浅い春の渓は、見通しがきいて圧迫感がない。これでヤマメが釣れたら気分はかなり高まってくる。
いくらなんでも一匹もいないなんてことはないだろう。
いくらか釣り上がったが釣れる気配はなかった。
そしてじわじわと水の冷たさが足先からこたえてきた。
魚はいない訳はないが、フライを追うなんてムリムリっていう状況はあるだろう。
そう思い始めたらどんなに好ポイントであろうと、全く釣れる気がしなくなった。
それはM川氏も同じだったようで、早々にこの谷を退散することに異論はないようだ。
車に戻り、本流筋を目指した。もともとこの日はそっちが本命の予定だった。
ちょっと勘弁してくださいの冷たさ。渓相はバッチリだけど。
本流筋を川を見ながら下っていくと、見覚えのある車が停まっているのが見えた。
M川氏はすぐにN君だと気が付いた。車を横につけると、彼は釣り支度をしているところだった。
すぐ横には良い感じの堰堤上プールがある。とくにひどく増水しているふうではなかった。N君はすでに今年、ここでライズを釣っているらしい。
しばし川を見ていたが、ライズはまだなくダンの飛ぶ姿も見られない。ただいつ飛び始めてもおかしくない時間帯になっていた。
M川氏が少し上流へ行ってみようと言ってきた。N君は支度を終え、戦闘態勢に入ったようだ。
この時期目立った羽化があるのは午後のほんの短い時間であることが多い。
そのタイミングをつかんだら、その時にできるだけ釣っておかないと、羽化が終わればぱったり釣れなくなってしまう。
それにそういう時間帯は春の強風が始まる時間と重なる。
実にチャンスはわずかしかないということになる。
去年もM川氏と入ったことのある場所についた。ここの春先のライズは毎年安定して起こると言うM川氏の話に、僕も今年の初ライズへの期待が高まってきた。
ヒットパターンを見つけるまでがもどかしい。
去年同様二手に分かれた。
今回は僕が下流、M川氏は上流へ向かった。
下流側はすぐに大きなプールがある。ライズが始まればここから動く必要はない。
しばらく水面の様子を見ていたがだんだん待ってられなくなってきて、ドライフライをキャストした。しかしフライはただ流れていくだけ。
そうこうしているうちにダンが水面に現れた。一匹、二匹、いや、そんなもんじゃない。次から次へと水面に突如現れる。
いよいよ始まった。
シビアなライズの主(写真提供 M川氏)
沈んでも構わないような半沈みのパターンをキャスト。ただ、ライズはまだない。
いくらダンが流れても、ライズなしのとらえ所のないプールでは漫然とフライを流していてもダメなのか。
するといきなり強風がラインを巻き上げた。全く急にきた。午後の強風だ。
風に水面が波立つ。その波の間からもダンはぱたぱたと弱々しげに羽ばたいている。だがフライに魚が出ることはなく、止まない風に僕はもう無理だろうと思った。
一旦M川氏のところへ様子を見に行った。
M川氏は分れた地点からそう離れていない小プールでキャストしていた。
「ここで10は釣った」
とM川氏は言い11匹目を掛けた。
「今釣っとかんと釣れんようになるで」
そう言いM川氏はまたキャストを始めている。
むむむ、これはいかん。僕はもう一度もとのプールへ引き返した。風は吹いたり弱まったりを繰り返している。
フライを結び変えていると視界の隅に白いものが映った。
ライズだ。ついにここでもライズが始まった。
「ようけおいでなさる」の支流
ライズの筋へキャスト。スッと魚体が弧を描いた。ロッドをあおったが空振り。
それっきりライズは止んでしまった。
また強風がラインを巻き上げる。今度はプールの流れ出しの筋でライズした。波頭と間違えそうなライズだ。
そこへキャスト。パシャッと水面が弾け、合わせるとクッと感触があった。くちびるに当たったようだ。もちろんそれっきりライズはない。
猛烈に風が吹き荒れてきた。すでにダンは見えなくなっていた。
M川氏が上流から下ってきた。

午後三時を過ぎ、途中で合った山Kさん夫婦が入った支流のずっと上に入渓した。
なんとかボウズは避けたいので、僕が一匹釣るためだ。
だがここでも魚は出るがフッキングしない。
M川氏が川辺の畑にいた地元の人と話をしている。ここもかなりの釣り人が来ているようだ。
辛うじて僕にヤマメがきた。手を添えるとそのヤマメはすぐに川へ帰っていった。
影が伸びる。釣りの終わりの合図。