解禁初日でボウズはもうずいぶんないなあ。どうにかこうにか初物を手にする年が続いている。
だがそれとは別にその年の釣りを占う大事な釣行が僕にはある。
山里の小さな社。そこに立つ一本桜が満開になる日、いい釣りが出来るかどうか。
僕にとってそれが禁漁までの釣りの良し悪しを決めるというジンクスになっている。
その日僕は釣り場へ行く前に、その社に寄って手を合わせてきた。
当たれば信じ、外れれば気にしないという勝手な思い込みだ。
ここの桜が咲く時期は春先の一番いい時期に当たる。それならいい釣りは必然ではないか。

川に着くとようやく山の稜線から太陽が顔を出し始めていた。うららかな、という表現がしっくりくる天気だ。
すでに小さな羽虫がふわふわ飛んでいる。水がちょっと多めだが期待もちょっと多めだ。
今日もいい釣りが出来ますように、と神頼み。
風はない。無風ってこんなに快適だったっけ。キャスティングも気兼ねなくできる。ここまでの好条件はたぶん今年初めてだと思う。
ただ川の魚はそうはいかないだろう。魚影の濃さは解禁当初の方が条件はいいに決まっている。
ドライフライをポイントに投げ込んでいく。
しばらくは魚の気配のないまま川の流れに逆らいながらの遡行が続いた。
川の中洲に菜の花の咲くポイントが見えてきた。毎回ここの横の流れ込みで一匹目を釣るのだ。
菜の花の川。今年一番春らしい一日。
手前の筋をまたいでその先のたるみにフライを落とすとすぐにで出た。
確か去年も菜の花の咲く季節にここで一匹目を釣ったはずだ。
全く問題なし。これはもうジンクスをクリアしたも同然じゃないかなあ。
それにここから先、ポイントは良くなり、潜むヤマメのサイズもアップしていくはずだ。
遠くでウグイスが鳴いた。これまた勝手に僕を祝福するひと鳴きのようだと思った。
予定どおりの一匹。順調ではないか。
大場所が連続する区間が始まった。ここもてこずるポイントだが毎年幅広ヤマメが出てくる。
そしてまた一投目でフライに食いついて来た。
太い流れに引きが増幅されている。ロッドも気持ちよく曲がりラインを手繰る重い感触がうれしい。
ネットに収まったヤマメはやっぱり幅広だった。
口元がにんまり緩んでくるなあ。なんだかうまくいき過ぎてる気がする。いや、順調なのはいいことだ。それを崩す必要なんてどこにもないのだ。
開けた川でロッドをのびのびと振る・・・はずが。
期待を裏切らないこの川のヤマメ。 おのれ今度は僕の手の上で〜(`o´)
ぱたぱたっと五匹ばかり釣れたところでちょっと休憩をとった。
気分は上々、これで今年も禁漁までいい釣りが出来ると、そう思った。でも、なにか引っ掛かっていた。
なにか違う気がした。この川で予定通りの釣りをすれば、そのあともいい釣りができる。
いい釣り。予定通り。予定通りで、いい釣り??
決まったポイントで予想に違わない立派な幅広ヤマメを釣る。予定通り。
次、そのプールでヤマメが出る。出るとわかっていて、その通りに出て、そして釣り上げる。
そうか、そうだな。
僕はまた立ち上がり、ロッドを振り始めた。
またウグイスが鳴き、カゲロウが何匹も目の前を飛び過ぎていく。フライにヤマメが飛びかかり、ロッドに小気味よい重量がかかる。
フッとその重量が途切れた。ヤマメが水中で身をくねらせ、深みへと消えていった。

あらかじめ予想の範ちゅうの釣りのどこに魅力があるだろうか。僕はそういう釣りをしたくて前の夜からいそいそと準備している訳ではない。きっとそうだ。
もっとドキドキする釣りがしたいなあ。
ふと足を止めた。
目の前の流れの風景が違って見えた。幾度かの増水で岸の地形がちょっと変わっているようだ。
そもそもこの川でここまで釣り上がったことはなかったかも知れない。
いや、違うか。ジンクスだとかなんだとか言って勇んで出掛けてきたが、その川はここではない別の川だったような気がしてきた。
ジンクスの川、別の川。ならばここは一体どこなんだろう。
ただそういうことならこの一投は全く未体験の一投になる。
キャストしたフライは水しぶきに飲み込まれた。
ヤマメさん、これからもよろしく♪ヽ(^-^ )