確かに出たのにフッキングしない。直前で見破られたか。
ドラグも回避しきれていない。立ち位置を変えてもう一回。また出た。空振り。
僕はフウと息を吐いて先に進んだ。後ろのR君には指で(小さかった)と示した。
次の流れ、スッと通過するだけのような出方。今度はハリが掛かった。
岸際に寄せてネットですくいながら「流心におる。」とR君に言った。R君は頷いてフライをガイドから外した。
イトを直す間にもじわりと汗をかく陽気。
水の冷たさは尋常ではなかった。まだ十時にはなっていない。空はスカッと晴れているが水温が上がってくるのには時間がかかりそうだ。
R君のフライは結構小さめで、後方に立つ僕からはなかなか見えなかった。
不意にR君がロッドをあおったことで、フライに魚が出たことがわかった。
だがR君のロッドは曲がっていなかった。彼は流れに立ち続けて、冷たさで足がしびれたというポーズをしてみせた。
着実に季節の進む痕跡。
今年のR君との初釣行は例年になく早い。
新緑もまだ僅かのこの時期にいっしょに釣りに来たのは初めてかもしれない。
多忙なR君は今年まだ1,2度しか釣りに行っていないらしく、わずかな釣行のチャンスに意気揚々としていた。
釣り場は釣り仲間の間でも最もオーソドックスな川を選んだ。ちょっと標高が高いから、ようやく桜が散り始めたくらいの場所だ。
残り桜と新芽。解禁当初のような冷たい水。ヤマメはなかなか姿を見せてくれなかった。
川筋にはまだ花びらを付けている山桜が何本か立っている。
町ではとっくに桜の季節は終わっているから、山へ出掛けてくる者だけが更に長く桜を楽しむことが出来る訳だ。
ただいずれにしてももう少しヤマメが出てくるようにならないと、桜がどうとか言ってられないのも確かだな。
そうこうしているうちに、R君も何匹かのヤマメを手にはしたが、僕の釣ったのと同様にサイズがもうちょっと、という感じだ。ここのヤマメはこんなものじゃないはずだから。
まだ春先のような魚体のヤマメ。
これからたくましくなるのかなあ。
「よっしゃあ。いい型じゃあ」 「あ〜、バレた〜」ご愁傷さまです(^_^;
R君はひんぱんにフライやティペット変え始めた。
だがどうもそれは状況に合わせたシステムチェンジではなく、持続しない集中力を持ち直すための休憩のようだった。
それは僕も同じだ。僕の場合は集中が途切れ出すと足にくる。この日はもうすでに二回こけていた。
毎年同じように解禁が来て同じように釣りができると思っていたが、だんだんそうではなくなってきつつあることを僕もR君も実感していた。
新緑と桜のコラボレーション。ほかでは見れないなあ。
R君の初ゴギ。ここは本来ゴギの川だ。 ランチは焼きそば二人前。完食です。
時間が経ち徐々に水がぬるんできた。
空は川に着いた時から雲が一切ない晴天だった。
だんだん川の中の活性を感じるようになってきて、じりじりと肌をやく陽射しも強まってくるのがわかるようだ。
ただその割にヤマメの動きは鈍い。フライに出ても掛からない。掛かってもすぐバレる。
前方に餌釣り師が見えたところで一旦車まで戻ることにした。
僕もR君も釣るには釣っているが、どうにも気持ちの昂ぶる釣果にはなっていなかった。
少しアシが増えたけど、僕の好きな川です(写真提供 R君)
インターを下りた所で買っておいた天むす弁当を食べながら焼きそばを作りコーヒーを淹れた。
今年は結構コレをやるなあ。MSRが現役の頃は頻繁にちょっと手をかけた昼食をとっていたが、MSRが壊れてからはぱったりとしなくなっていた。
日新焼きそば魚肉ソーセージ入りがR君はいたく気に入ったようだ。あんまり体にはよくなさそうな食材だがたまにはいいか。
夕べは遅くまで仕事だったR君は明日もまた仕事らしい。集中力の欠落はそれも影響があるのかも知れないと思った。彼に比べると、僕は諸事情で休みが多い。それは決していいことではないのだが、こと釣りに関しては恵まれた環境にいるのは確かだ。ここは素直に感謝することにしよう。
腹ごしらえも済んだことなので別の区間に入ることにした。
昼を回っても空の状態は変わることはなく、今年一番の青空は地表の全てを原色に変えていくようだ。
僕は相変わらず20cm未満のヤマメを引きずり出すのが精いっぱいだった。ヤマメを放すとすぐにR君と交代した。
だがR君の集中力の持続時間は昼食前とあまり変わらず、目の前のいい感じの小プールは結局また僕が攻めることになった。
ピシャリと小さなライズがあった。僕はそいつを釣れる気がしなくて、気の抜けたキャストをしてしまった。突然ヤマメがフライを飛び越してジャンプし、そのポイントは沈黙した。
その直後にチビヤマメが出た。小さいから魚体はこの上なくきれいで、その輝きはこの日の空を投影しているかのようだった。
そのヤマメを見たR君が前に出た。
彼の狙いはもちろん空を映したこの日一番のヤマメだった。
釣った魚は過去のもの。
釣り人は常に前のめりなのです。