其の百八十三  フライと脳科学
初めてフライフィッシングを目にしたのは、雑誌だったかなんだったかは忘れてしまった。
ただ少なくともその時受けた刺激は、大いに脳を活性化させたと思う。
それまであまり釣りもしたことがなかったから、釣りそのものという垣根もあるが、単純にかっこいいとかやってみたいとか、そういう感覚が起こったはずだ。
人生の中で新たなジャンルに入って行く事は、そう何度もあるものではない。
そういう意味で大きな転機ではあったと言えそうだ。
考えて釣るか、釣りながら考えるか。
脳科学者の茂木健一郎さんの講演会に行ってきた。
直前で税金関係でバタバタしたようだが、なんとか来広されてホッとした。
本で読むのと講演会で話を聞くのとではずいぶん伝わってくるものが違う。紙に印刷された文字を読むだけだと、その文字の意味をとりいれるだけだ。でも本人が目の前にいて生の肉声で話すのを聞く場合は、言葉の抑揚や強弱、顔の表情や手や体の動作が加わる。話し手が伝えようとするニュアンスが、その人の全部を使って伝えられるのだから、活字で見るのと別物になるのはいわずもがなである。
その講演の内容、「能を育てる習慣」という演題どおり、こういうことをもっとやらなきゃあ、と思わされるものばかりだった。
よく聞く話に、手先の細かい作業をしたら脳にいい、とかそんなことを聞く。
茂木さんの話でも出てきて、これはやはり正しいらしい。脳のアンチエイジングには手先の細かい作業、特に面倒くさいと思うようなことが有効だそうだ。
脳は筋肉と同じで鍛えていかないといけない。面倒くさいと思うことをやらないとどんどん老化していく。
で、手先の細かい・・と言えばタイイングがうってつけではないか。これ以上細かい作業はない。
タイイングに対する考え方は変化してきた。
しかし、同じタイイングでもそれが楽しくて仕方がないのなら、ちょっと効果は少ないかも。
ところがここ数年の僕ときたら、タイイングが面倒くさくて仕方がない。これは非常に大きな効果が期待できるということになるのではないか。
まあそれがいいことかどうかは別として、フライを一本巻くごとに脳が鍛えられていくと思えば、また巻く時の意識も変わってきそうだ。
ちょっと凝ったエクステンドボディやウエットフライとか、小ささでミッジも鍛えられそうだ。究極はやっぱりサーモンフライか。ま、これは縁がないなあ。
「不確実なことを楽しめるか?」
脳の健康度チェックで茂木さんはこういう質問をしてきた。
楽しければ脳は健康、そして不確実なことにこそ学び・試行錯誤がある。そしてその時脳にドーパミンが出て、活性化されるという。
これを強化学習と言うらしい。
しかし不確実なだけではなかなか効率が上がらない。楽しくないし、不安があるからだ。
理想は確実と不確実が程よいバランスで混ざっている状況。
そういう状況を脳は好み、そして脳が一番育ち学べるのだという。

釣りで初めて入る渓。そこは不確実の要素がたくさんある。
この先にどんな流れがあってポイントがあるのか? どれだけの魚が残っているのか?
釣りとしてだけでなく、初めて見る渓の景色は目に新鮮で刺激がある。
そういう状況は確実と不確実が混ざった状況と言えそうだ。
不確実の先にこの一匹。
そりゃドーパミン出るよなあ。
渓の様子がわからないという不確実に対して、僕の釣りテクニックが確実さをもたらす(!?) まあ、魚がいりゃなんかの反応はあるはずだから・・。
そこで24,5cmのヤマメでも釣れたらかなり脳も活性化されるはず。
更にはそれがまさにその時ハッチしている虫にマッチさせたフライで、ということになれば尚更だ。
むつかしいハッチに頭を悩ませて、フライもあれこれ交換して(フライの交換も面倒くさいと思う手先の作業だ)というプロセスを踏めば、脳を育てる効果は最大限に期待できる。
初めての渓に限らず通い慣れた渓であっても不確実な要素は十分にある。こうやって考えてみると、フライフィッシングは脳を育てるアイテムとしての素養が大いにあるようだ。
逆に脳が活性化し、喜ぶ内容のものだからこそ、フライフィッシングは楽しく感じ、やめられないものとして十数年僕のかたわらに居続けているんだなあ、きっと。