其の百九十二  携帯釣り師と海猫の港
複雑に入りくんだ島の半島の途中を北側から南側へと小山を越えたところにその港はある。
道路はその港の集落で行き止まりになっている。
港の防波堤には釣り人が一人だけいた。晴れの予報は微妙に外れ、空の半分は雲が覆っている。
風も冷たく陽射しも少ない。こりゃ釣り人が少ないのもわかる。
この日はフィルムカメラを持って島の写真を撮りに出掛けてきた。
ただなあ、現場で後悔したくないので、一応ロッドは車に載せている。
車で通りかかると、わっと海猫たちが飛び立った。
島の果ての漁村は閑散としていた。そのさびれたような様子は写真を撮って歩くのに良さそうな気はした。
しかしその前にちょっと、と僕は防波堤の方へ車を向けた。
ロッドを継ぎながら、(ああ、やっぱりこうなるんだよなあ)と思った。どこかでこの日はやっぱり釣りをするんだろうな、とも思っていた。
防波堤の外側は波が荒れていた。内側は静かで小魚が群れで泳いでいるのが見えた。
島を覆う雲。いっしょに寒気も連れてきてるかなあ。
防波堤の内側で始めてみた。初釣りで何とか釣れた赤いフライをキャスト(あの時の魚はアナハゼと判明)。
リトリーブすると小魚が突っついてくる。時折少し大きめの魚が接近するがいずれも途中でUターンする。
しばらく攻めてみたがどうも初釣りの時と似たり寄ったりだなあ、と思った。
「ミドリ色がええよ」と、不意に背後から声が聞こえた。
振り返ると最初からこの防波堤で釣りをしていた人が後ろに立っていた。こんにちはと会釈すると、彼はひとなつっこい笑顔を浮かべた。
「ワームはダメだった。いろいろやったがミドリのサビキで小さいメバルが釣れたよ」と教えてくれた。
「釣果はどうですか?」と聞いてみると、そのミドリのサビキで釣った小メバルが数匹だという。このおじさんもかなり苦戦しているらしい。
小舟の釣り師はアジ爆釣。 フグが釣れた〜\(;゚∇゚)/ ふくれるな〜。
おじさんにお礼を言い、フライを付け替えた。
赤いフライと一緒にチャートリュースのフライも巻いていた。
キャストし沈んでいくフライを見ていると、スッと魚影が近づきフライが見えなくなった。
合わせるとブルブルと震えている。ぐいと引き上げるとフグが掛かっていた。
うむむ〜、フグか。まあ明らかに色で反応が変わったな。
防波堤の先を見るとおじさんが笑っていた。僕はそそくさとフグを海に返した。
今年初のメバル様〜。お元気でしたか?σ(^_^;)
目の前には小舟で釣りをしている人がいた。
おじさんの話では絶え間なくアジが釣れているらしい。
と、見ている間にまた釣り上げていた。距離にして防波堤から10mくらいしか離れていないのに、こんなにも違うものか〜。
またミドリのフライを投げる。でも追いかけるだけで食わない。
じっくり水中を睨んでいると、なにか音が聞こえた。続いて話し声がしだした。
見るとおじさんが携帯で話している。どうも仕事の電話のようだ。
ロッドよりも携帯を持つ時間が長いようです。
防波堤を行ったり来たりしてロッドを振り続ける。
追っては来るが食わない。フライになにか決定的なものが欠けているような気がしてならない。
向かいでは小舟釣り師がテンポよくアジを上げている。
例のおじさんはロッドと携帯を交互に持ち替えている。なんとも落ち着かない感じだ。
風も吹いたり止んだりで、水面が波立つと水中が見えない。
不意にロッドが震えた。あおると魚の手応えが伝わってきた。
おじさんが携帯で話をしながら僕に向かって親指を立てた。
寒い〜。陽の光が恋しいです。
「もう帰ります」おじさんはそういうと車へ向かった。おじさんの釣果も思わしくなかったようだ。
僕はしばらく粘ってみたが、寒さにこごえるばかりだった。
海猫が何匹も鳴き声を上げて飛び立った。僕はそれを合図にロッドをたたんだ。

来た道を引き返していると、途中でおじさんの車が停まっていた。なんだ、まだ諦めきれずに釣りをしていたんじゃないか。
おじさんの姿を探すと、彼はロッドは足下に置いてまた携帯で話をしていた。
あの〜、海の中の方があったかいと思うんで、
そろそろ帰してもらえません?