其の百二十一  禁漁の週末
「来年の3月1日は土曜日で、8月31日は日曜日ですよ」
「ほお、そりゃ忙しいの」
9月1日にきっちり半年後の話をする輩とは趣味にそういう事情があると承知でこの世界にはまっている。
「まあ、まだ来年の話は早いじゃろう」とM川氏は苦笑いした。

土曜日の昼過ぎに工房をのぞいたのだが、M川氏とはお盆前にいっしょに釣りに行って以来だった。
M川氏は「ちょっとほっとしとる」と言った。
ほっとする・・・。それは僕にも身に覚えがあった。
旧マエカワクラフトの工房の壁。今見ても圧巻。
M川氏も8月の最後の頃はだいぶだれてしまっていたらしい。
盆前あたりはまだ結構雨が降ったりして、川の水位も息を吹き返したように勢いがあった。
だが月の後半は一気に水が減ってなんとも苦しい釣りになったようだ。この近辺の川は8月末で禁漁だからその年のラスト釣行はこういった条件の悪い真っただ中での釣りになることが多い。
そうすると思い出されるのは今年調子が良かった時の釣りだ。それはやはり4月くらいの一番気持ちの良い時期になる。M川氏は今年一番良かった川を回想していた。
僕も良かった釣りを思い出そうとしたが、なんだかあまり思い浮かばなかった。
少し足を伸ばしてまだ釣りの出来る地域へ行くとか、管理釣り場でロッドを振るとかも出来はする。
かたくなにそれを拒んでいる訳ではなく、行こうと思えば行けばいいし、そういう9月や禁漁期間を過ごしていた時もあった。
今回の禁漁はそんなことをしてみてもいいだろう。まだ暑さが残っているから、それがちょっと落ち着いたあたりに。
しかし急に週末の大きな予定がなくなった9月は、妙な時間の持て余し方をしてしまう。
こちらは現マエカワクラフト。クールです。
釣りに行かないからといって、その時間がそっくり空いてやることもなくじっとしてる、なんて訳はない。しかし9月はほんの前の週までその週末を釣りに費やしていた直後だけに、強くギャップを感じる。
3月の解禁時は半年振りの釣りと言うこともあって、特別な感じがする。9月も釣りができなくなるということが半年振りであり、それは言うなれば3月同様特別な月だ。
陸上競技でゴールしたあとも勢い余ってすぐには止まれない。8月最終日がゴールなら9月は余った勢いを持ったままの区間と同じだ。
有無を言わさずロッドを置くことを余儀なくされる9月は、置いた手にゴールあとの勢いだけが残っている。持て余す時間と勢いのせいでなんとも落ち着かない不思議な週末が幾度となく過ぎていく。
そのふわふわした浮遊感はやがて夏から秋へ残暑が薄れていくのと同じように日常の喧騒に紛れてわからなくなる。
まだふわふわしたままの週末、それでもM川氏と同じく僕もどこかほっとして、ロッドを置いた。
歴戦の道具達。半年間おやすみなさい。