其の百六十五  水辺の近況 「沈黙する川」
いったんは1mを切った北部の積雪量がこの寒波でまた1mを越えていた。
これはちょっとどんな様子か見に行ってみるかと、物好きにも雪の地を目指すことにした。
天気予報では徐々に冬型はゆるんでくると言っていたし。
高速を走っているとトンネルをひとつくぐる度に山の雪が増えてくるのがわかった。
最後のトンネルを出てインターを降りた。平地にはまだ思ったほどの雪は積もっていなかった。
更に北へ向かえばどうか? この冬のスタッドレスでの雪道走行はまだ二度目だ。
このあたりはまだ道路がうっすら見える。
これがやがて・・・。
平地から山間部へと道は高度を上げていく。斜面の木々に着雪している雪の量が明らかに変わってきていた。
しばらく進むと路面は完全な圧雪に。雪の量はここ何年かのどの年よりも多いように見えた。
雪が多いとその年はいい釣りが出来るっていうイメージがある。
しっかり積もった雪は根雪になり、春の訪れとともに少しづつ溶け出して渓に流れ込む。
その役割を担う山がどうかということもあるが、そういう仕組みはわかってはいるが、直接目で見たわけではない。
お、徐々に雪は増えてきました。川も寒そう。
それに実際雪がたくさん降った年の釣りがよかったかどうか、あまり印象はないなあ。
それでも逆に悪くなる理由はないはずだから、やはり積雪1m越えは期待の1要素になりうる。
標高もこのあたりではかなり高いところまで上がってきた。
雪自体は降ったり止んだりだ。路肩には除雪車にかき分けられた雪が高く積まれている。

国道をそれて、県境の平原の集落へ向かった。まさにここが積雪1mのエリアだった。
まずは集落の入り口の川をのぞいてみた。
まさか魚の姿が見れるとは思っていないが、両岸を雪で覆われて細くなった流れがしっかり見えた。
集落の家々は雪に閉ざされ道路にも人はおろか車の行き交いも見られない。
こんな状況でも変わらぬ動きを続けているのは川だった。水の流れだけはどんなに雪の洗礼を受けても止まることはない。
変わらぬ流れは頼もしくさえある。
谷が狭まり、険しさは流れだけでなく冬の寒さも同様に。
雪はまだ止まず風も収まらない。車を停めて集落の道路を歩いてみた。
寒いのは当たり前だが、時折風が止むとなんとも静かだ。静かと言うよりも無音に近い。
雪が音を吸収している。僕の歩く足音と遠く風の舞う音だけが聞こえる。
不意に車が僕の脇を通過していった。車の音でさえ消えてしまうらしい。
無音の白い世界。ひとけのない道路をただ歩いていると、なんだかここがこの世の果てのような気がしてきた。
路肩の雪はゆうに1m を越えている。
橋から川を見るとそこの流れはなんと凍っていた。
流れのある川でさえ凍らせるとはなんという寒波。
こんな氷の下では全ての生物が息絶えるのだろうか? 
いや、そうなら春になっても小魚の一匹もいないことになる。それはありえない。
よく見てみると、閉ざされた氷の川面のその下は、ちゃんと水が流れている。
それはきっと春の命を育む流れだな。
この光景は今まで見たことがない。
今度こそ今年の釣りに期待していいかも。