其の百七十一  釣り具と筆記具
最初に万年筆を買おうと思ったのは何年前だったかなあ。
それからちょっとしてLAMY社のサファリを買って会社と家で使っていた。
値段が安いからまったく気兼ねなく使えて、これはこれでよかった。
でも欲しいと思った万年筆は別のもので、昨年の冬のボーナスででも買おうかなと思っていたが、その矢先であの経済危機だ。
タイミングを逸してそうこうしていたら解禁。僕の万年筆熱も次第にうやむやになっていった。
主張し過ぎない存在感がいいなあ。
ふたたび熱があがってきたのは定額給付金の案内が届いてからだった。
でも実はもっと前から買おうとは決めていた。きっかけが欲しかっただけだ。
で、ようやく何年越しかで手にした万年筆、ペリカンのスーベレーンは、持っただけで非常に心地よいものだった。
キャップを締めている状態、キャップを外して後ろにはめて書く状態、それぞれ手にしっくりとくるそれは、何かに似ていた。考えなくてもわかる。フライロッドだ。
キャップをした状態はロッドをケースに収めている状態。キャップを後ろにはめている状態はロッドを継いで釣りをする状態。それぞれの状態が前者は持ち運ぶだけで、後者は文字を書きヤマメを釣る時に、実にしっくりと手に馴染む。使う時とそうでない時で長さが変わると言う点も共通している。
万年筆を買うにあたってはペン先の太さにかなり迷った。
あまり細いと万年筆らしさがないのではないかと思った。
サンプルの太さがウェブに画像で出ていたが、モニターの解像度が様々な訳だから自分のMacで見ても当てにはならない。
ネットのショップにそのことを問い合わせると、試し書きのできる店で書いてみるしかないという返答だった。
ペン先のサイズだけでは決まらず、書き手の力加減による筆圧でもかなり太さは変わる。
ペン先の固さはまさにロッドアクションそのもの。
試し書き、試し振り。ここでも共通点があった。
ペン先はひとつの太さに対しての柔らかさまでのバリエーションはないが、万年筆自体のサイズが大きくなるとペン先が柔らかくなるモデルがあったりする。
そうなると単に書いた文字の太さだけでなく書き味も変わってくるから、ますますフライロッドの僅かなアクションの違いと似てくる。
キャップやキャップについているクリップ、ボディの軸などのデザインが様々で、素材も色も多岐にわたる。
そんな造形や素材や色にこだわって選ぶのもやっぱりフライロッドと同じだなあ。
万年筆にインクを吸入し気に入ったノートに文字を書く。
それはロッドにラインを通しフライを結んでヤマメを釣るのと同じだ。
手にした道具が新たなものを生み出す。なんだか僕の脳を強く刺激するようだ。
新たなページに文字を書き、新たな川へ釣りに行くのが楽しみになった。また釣りに行く時、今度はこの万年筆を持っていこうか。
(いや、それはちょっとな、釣りはサファリでいいやσ(^_^;)
またひとつ、手に馴染む道具が増えた。