其の百七十六  水際のランチ
会社の若い連中を連れて川でバーベキューをやってみた。
僕以外は渓流の釣りをするやつはいないのだが、僕の思い入れがある。シーズン中によく行く川で禁漁期間にバーベキューをする、なんてことにしゃれ込んでみた。

思えば釣りの時もシングルコンロを持って行って昼ご飯を食べることに凝っていた時期もあった。
だいたい予想はついていたが、ひとシーズンしかやらなかった。
釣りとちょっと凝ったランチを両立するのは至難の業だ。
一番川に近い特等席で。
釣りもその日に釣り始めて早々に良い型が釣れればいいが、そうでなかったら精神的にゆっくりランチだなんてあり得ない。
場合によってはおにぎりをほおばりながらキャスティングをしかねないくらいだ。
第一荷物やその準備であれこれ負担が増えるのも面倒だ。荷物も少なく釣りの時間は良い時間帯になるべく長くやりたいというのが釣り人の心情だしなあ。
そうやって考えてみると昼ご飯を手をかけて食べていた年は、そんなに余裕が生まれるくらいに釣れていたのかなあ。そんな記憶はないんだけど。
改めて釣りで通い慣れた川で火をおこしあれこれ焼いて、食べてみる。
川の流れのすぐ横だからせせらぎの音が心地よい。木の影からの時折の木漏れ日がまぶしい。
釣りだったらこういうふうに流れの水音や木漏れ日に気をとられる余裕はあまりなかった。
炭火で鳥の串がじっくり焼けていくのを見ていると、時間の流れもゆっくりしていくようだ。

釣りのときは獲物を狙う狩人であればいいんだろうし、そんな時にあんまりのんびりしていてもどうなんだって気もする。
とは言えせっかく気持ちのいい季節に山へ出掛けて、周囲の景色が全く目に入らないっていうのも余裕がなさすぎる。
そもそもフライフィッシングは周りの条件の変化を読み取って柔軟に対応するのが本分だ。
肉を焼きながら眺めるほどではなくても、ある程度の周囲の観察をする余裕はいるなあ。
もちろん食後のコーヒーも欠かしません。
水辺の在り方はシーズン中とオフとではもちろん違う。
シーズン中は流れの中にいる渓魚に用がある。水辺はその入り口に過ぎない。今こうしてバーベキューをしながら見える水辺は、ロケーションそのものを楽しむ。バーベキューのプラスアルファの味付けになる。
でももしここで脇の流れでライズでもしたら・・・。いや、しないほうがいいな。そんなことになったら、そっちのほうが気になって肉を焼くどころじゃなくなりそうだからなあ。