其の五十七  春までお預け蕎麦と、自然薯屋
商売っ気がないって言えなくもないが、確か通年営業していると聞いていた。でも今年はもう蕎麦は出さないらしい。
雨も落ちてきた。師走の西中国山地の里は、暖冬と言えども寒々としてきた。
今日は蕎麦を食べに来た。なにかそういう気分だったのだ。さあ、どうするか?ハラ減ったしなぁ。

あてにしていた蕎麦屋をあとにして、県境を越えた。この峠を釣り以外の目的で越えるのは、果たして何年ぶりだろうか?
葉の落ちた枝に咲く雨粒の花。
釣りでは通り過ぎるだけの道を、深い渓谷の出口付近にある集落に向かって車を走らせた。
人づてに聞いていた自然薯(じねんじょ)の料理を食べさす店がこの集落にあるのだ。ほんの2ヶ月前に出来たらしい。
先ほどの蕎麦屋も人から聞いた店だったが、そこもこの集落も私が良く釣りに来る川のあるエリアだ。この集落には釣りのあとに入る温泉もある。温泉は当然意識していたが、食べ物屋や地域のあれこれを意識することはほとんどなかった。
渓谷沿いの集落。師走と言っても誰も走っていません。
自然薯屋 益田市匹見町匹見イ679
     Tel 0856-56-0458
この日収穫されたばかりの自然薯。
8フィート3ピースのロッドケースくらい。
店はすぐにわかった。着いたのは昼をちょっと過ていた頃だが、すいていた(というか他にはお客はいなかったが)。木造のかなり大きな古民家を街から借り受けて店にしている。かなり立派な建物だ。
お品書きはうどん・そば・丼・定食と、その全てがとろろ尽くしとなっている。私は早速とろろ丼を食べてみた。まあ、そうはいっても山芋である。その味自体が飛び抜けて「うまいっ!」っていう事でもないのだが、滑らかな食感は結構食が進む。
とろろはダメっていう人もいるだろうけど、好きな人にはオススメです。
とろろ丼 800円也。
ご飯は麦ではなく白米です。
スグ横を馴染みの川の中流部が流れている。オフシーズンに川の様子を見に来た事は何度かあったが、今回はちょっと趣が違う。
どちらかと言うと川よりも町を見ている。店を探していたのもあるが、普段通らない裏通りに車を乗り入れると、なにかと町並みを見てしまう。
地元の人どうだろう? 市内からたまにやってくる私たちのようには川とかを見ていないような気がする。住む人と訪れる人のそれぞれの視点で見る川や町並みは、同じであって同じでない。
住む人には日常の生活があり、訪れる私はただ勝手にオフシーズンの感傷に浸っているだけなのだ。
よもや食欲に突き動かされて高速に乗り、このあたりまで来るとは我ながら意外性があって良い。
こんな機会だからこそ、いつもと違う視点でじんわりと町並みを眺め、冬を迎えつつある空気を吸うことが出来る。

でもパリッと鮮度の高いこの感覚も市内に戻る頃には薄まってしまいそうだが、その感覚の痕跡の糸が途切れる事はない。
なぜなら舌に残る自然薯の食感と食べ損なった蕎麦への執着は、常にインターチェンジの彼方へ飛んでいるからだ。
蕎麦は春になったら食べに来よう。
その頃はこの辺りへ出向く理由がある。