其の六十五  しんしんと、街中で
土曜の朝、屋根が白い。
なんともまあ、月末になってこの雪か。週間天気予報では、月をまたいで雪だるまのマークが並んでいる。道路交通情報のサイトを見ると、高速はしっかり規制がかかっている。
あたりまえか、気圧配置に「三月」はもとより「解禁」なんて概念はない。

五百円玉大のボタ雪は、少しずつサイズを変えながら、重く落ちてくる。
まだハジマッテモいないのに、規制区間の彼方のプレッシャーが伝わってくるようだ。
高速シャッターで雪をとめる。
でもそれは一瞬。
そもそも三月と言っても、ここらじゃそう雪に降られることはあまりない。事実去年もおととしも三月解禁から何度か釣りに行ったが、少々寒い日はあっても雪は降らなかった。
確かに過去には四月に雪に降られた経験もあるにはある。でもきっとそれは稀だ。三月は降るなら降ってもおかしくはないのだから、ここ数年降られなかったのが幸運だったということか。
うだうだ考えていたら、少し思い出してきた。もっと以前に雪の解禁日の釣りもあったなぁ。ロッドを継いでいる時に、ブランクに雪が積もってしまうくらいの天候の中の釣り。そんな中でもライズがあり(成魚放流?)、なんとか1匹釣ったのだが。
何年前だったろうか? 
解禁日に向かった雪に包まれた渓と友人の釣ったゴギ。
「紅葉の中での釣りとか雪の中での釣りになにか憧れるものがある」と、バンブーロッドビルダーのM川氏がぽつりとこぼした。紅葉シーズンの自然渓流の釣りはこの地域では無理だが、雪の中での釣りは起こりうる。
「でもしんどいけんのう」と、これもM川氏の言葉だ。確かにそうだろう。以前の雪の解禁日の1匹はかなりラッキーだった。本当なら無反応の続くフライを恨めしく思いながら場所変えを繰り返すっていうのが、たやすく想像できる。でもそれはフライフィッシングを釣法に選んだ者には避けられないことだ。
いろんな釣りのメーカーなんかのカタログの写真にも雪の中での釣りのシーンが載っている。
自分の巻いたフライで釣った1匹は特別だって、この釣りを始めたばかりの頃はよく思っていた(すっかり忘れてたけど)。
それはより困難な方法だからこそ同じ1匹でも違う、という価値の置き方だが、雪の降り積もる中での1匹、というのも同じ価値の置きかたが出来るかも知れない。
過酷な条件下の1匹は想像するとやっぱり二の足を踏んでしまうが、どこかで挑戦したいキモチもある。
更に雪は落ちてきて、街のたたずまいが寒そうです。
もう一度週間天気を見てみる。やはり雪だるまのオンパレードだ。高速の規制も変わっていないし、アメダスで見る目当てのエリアの降雪値は増え続けている。
私が釣行初日を迎える頃も、雪はまだタップリ残っているだろう。
雪の中でというだけでなく、その年の最初の釣りというのもまた特別な思い入れがある。魚はなにも変わらないのに、釣り手の一方的な思い込みが勝手に突っ走ってしまう。
不安あり、期待あり、そして特別の1匹を釣り上げたいなぁっていう欲もしっかりあります。
ふと見上げると、雪の落ちてくるその先には青空が。