其の九十九  スタッキングしたくなるスタッカー
シンプルでありながらかなりツボを押さえた仕事をする道具、それがスタッカーだと思っている。
数あるタイイングツールの中で、直接フックに向き合っての作業をするのではない道具としては、かなりの存在感だ。
ヘアウィングパターンのフライを常用するフライマンは少なくはないだろう。そうなるとスタッカーの使用頻度もおのずと高くなる。普段何気なく使っているこの道具も、実はそのシンプルさに反していろいろなこだわりや思い入れがある。
トントンと筒を打ち付ける作業。フライフィッシングをしていなかったら、一生行わない動き。
僕は今までにいくつかのスタッカーを使ってきたが、今はR社の製品に落ち着いている。
このスタッカーは本体がアルミ、中のチューブが真鍮で出来ている。下が軽くて上が重い訳だから下に向かって振り下ろす使い方の場合、加速がつくということだろうか。全体的には軽い印象がある。
最近では重量を重めにした製品が主流になりつつあるようだ。道具の機能としてはそれが正解のようでもあるが。
しかし材料を中に入れて叩いてそろえるというのは日常にはない作業だ。タイイングでのほかの作業は日常の中にはまあなんとなく似たような動きは経験はないわけではない。しかし、スタッキングだけは類似動作はないように思う。そんな特殊な作業のための道具には、人それぞれに感じるところがあるだろう。
友人のR君はT社のクラシックスタッカーを使っている。
彼は初めて巻いたフライがエルクヘアカディスだと言う。それならばスタッカーはフライフィッシングの一番最初からの付き合いということになろう。
最初の頃はエルクの量は多くないと浮かないと思っていて、エルクを乗せ過ぎて失敗が続いていたと言う。
今では仕上げの時スタッカーを小刻みに叩いたり、少し斜めにしてフックに乗せたりと、あれこれ小技を使っているようだ。
獣毛は人が自分の手だけではなかなか揃えることは出来ないが、こいつのおかげでそれが容易になる。魔法の筒だとR君は言った。
これを使えばエルクは必ず揃う。
あらためてエルクヘアをスタッカーで揃えてみる。やはりこの作業はちょっと特殊だ。
タイイングの中で唯一音の出る作業でもある。
ブッシーなパターンならそんななに毛先の揃いように神経質になる事もないと思うが、せっかく巻くのだからバイスの前ではきれいに揃えたい。
そろえた毛先もフックに乗せてスレッドを巻いたらちょっとバラけたりもするのだが、その工程まで行ったらもうそんなには気にしない。実に自己都合のこだわりではある。
きれいに揃い過ぎたエルクヘアカディスを川で一発でなくしたら、それこそショックが大きいし(>_<)。
R君が言っていたように、手だけでエルクを揃えようとすると、それはかなりの労力だ。スタッカーでトントンやって毛先を揃えるのは、ヘアウィングパターンを巻く時の儀式であるとも言える。

スキンからエルクを切り取り細毛を取り除いてチューブに入れる。そしてトントン。
静かにスタッカーのチューブを抜くと、きれいに毛先の揃ったエルクが顔を出す。
一度命を失った獣毛が、きれいに整列され直されてまた命を吹き込まれたようだ。
この作業が巻き上がるフライに力を与える。