降水確率は40%だった。
微妙ではあるが昼までは持つか? という皮算用で県境の谷へ向かった。
今年はまったくもって雨がよく降る。夏の暑さも渇水も手に残る実感はない。
「らしくない」のは、そう、そうだね。でもその代わりに毎回増水気味のコンディションにあたふたさせられっぱなしだった。活性は高い。しかし、ドライフライを食うのがヘタなんだよ、あなたたち(まあ、釣り手の腕は棚に上げときましょ)。
渓流のヤマメにとってそれは日常。
水中で白い魚体がうねる。でも、合わない。ボワっと水面が割れて毛ばりが消える。空振り。
ちょっと水量が多すぎるのか? 魚達も水面の流下物を捕食するのに苦戦しているようだ。
この時期にまるで春のマッチザハッチの季節のような(魚の)ノリで毛ばりに出てくるのだが、ことごとく空振り・バラし、そして雄叫び。「なんでだぁ~」
もやに煙る。すでに雨は落ち出した。
か細い声でセミが鳴く。あなた達も調子が狂うでしょう。私もこの夏はビールの量が減りました(ってそれは気象条件のせいじゃないでしょ?)。
雨は降ったり止んだりを繰り返し、その度にカッパを着たり脱いだり。
「ヌグフルキルヤム」の法則は健在で(カッパを脱ぐと雨が降り、着ると止む)、繰り返すうちにシャツもだんだん濡れてきて、意味ないじゃん。

さて、肝心の釣りはと言うと、それでも3回に1回はなんとかキャッチ出来ている。しかし良さげなサイズはことごとくしくじり、気ばかり焦るがこればっかりはどうにもならず、「必ずもう一回チャンスは来る」と自分に言い聞かせ次なるポイントへ。
水蒸気に乱反射。奥の山手が見えない。
あなたの季節ももうじき終わる。 この日もやっぱりこれでした。
雨の止み間は徐々に短くなりまだ昼前なのに辺りは薄暗い。曇る偏光グラスとカッパのフードに視界を狭められ、なにかと具合の悪い中それでもまた一匹。今度のそいつはジャンプ一番、ヤマメのファイトとは思えない。
次のヤツはふっと残像を残して魚体が消えた。でもしっかりフッキングし、実像が現れる。
あるプールではロング(いやミディアム?)キャストでこれまたフックアップ。ラインが長い分だけ水流の抵抗が引きの強さを加速する。

空を見上げると雲の流れが速い。荒れてきそうだ。そろそろ切り上げ時を探り出す頃合いか。ただね、結構釣れてはいるがなにか決め手がない。その一匹を求めて更に上流へ。
捕らわれの身です。
何かに急かされるように渓を遡る。全てがしっとりと濡れていて、セミも鳴くのをやめてしまった。
不意にロッドを振るのを止めた。曇る偏光とフードに遮られていたのは視界だけではなかったようだ。雲の切れ間から光が漏れて一瞬明るくなり、でも雨足は弱まる気配を見せない。

まあ、ゆっくり行きましょう。急ぐ(急かされる)ばっかりじゃぁ街の普段と変わらない。折角こんな山奥の谷底までやって来たのだから、もっとゆるりとこの空間を味わおう。
岩の上に腰を下ろすと最近見慣れないものが視界の隅をかすめた。ライズだ。
どうする? 毛ばりを結び変えるか(おいおい、ゆっくりするんじゃないのかい?)。
光と雨が混ざって降りてくる。
が、ライズ地点にキャストすると一発で沈黙してしまった。むむむ、である。
なんの流下だったのだろう? ふとティペットのちぢれが気になり結び変えた。でもあれだね、いつもと違ってそんなにリーダーやティペットを気にしないでいられるのはクモの巣がほとんどないからで、これも増水の恩恵か。
などと考えながら距離感を掴むためにゆるいポイントへ投げてみる。
バシャッ 「!!」
自分の手を入れて写すと「自分」って感じ?
水中では大きく見えますわな。
谷を離れる。
ぐいぐいと標高を上げて、一気に谷底が遥か彼方に離れて行く。
私にとって釣りは非現実の世界に身を置くようなもので、街の生活とのギャップが心地よい。しかし、渓の魚にしてみれば訪れる釣り人は異端の外敵にほかならない。

夏が終わり、渓魚たちにも川そのものにもようやく一息つける日常が戻ってくるはず。
でもまた半年後におじゃまします。
ひとまず今年はドロップアウトです。