ジンクスだとかゲンを担ぐとかいう訳ではないのだけれど、この日はアノ川へ行く事にした。
快晴無風は予想でき、僕はバッグの中の防寒用のフリースの出番はないと直感した。

解禁後初釣行に晴れの特異日をもたらすこの川は、僕にとって春の川の象徴のはずだった。西へ、高速2500円分を走る。目的の水系の水源となっている山並みの白さにビビりつつ。
行きましょう。放射冷却のその先へ。
三月一日は雨、二日三日と雪が降ったこのエリア。
で、四日目のこの日、最初の週末となるのだが、さすがに釣り人は多かろうと思っていた。
僕がこの川を解禁最初の釣り場として選ぶようになって今回が何回目だろうか。初めて見る雪の多さは、ドライフライのボックスを取り出す事をためらわせるのには十分だった。
水量も多く、ポイントが消えている。今日の川はかなり手強そうだ。

しかし、釣り人がいない。 最初の週末に似つかわしくない静けさは、僕にとっては入渓にハラハラしなくて済む分好都合なのだが、なにか調子が狂う。
しかも、毎回ここを最初に訪れる時は晴れているのに、今日は積雪だけでなく空も寒々しい。
暴れております。・・釣れるのかしら?
こ、凍ってます。釣りする状況か? 言うまでもないが、フェルトに雪がくっついて・・・。
毎回のことだがその年一回目の渓流は、川辺に立つだけで新鮮だ。その印象は増幅され、その川の思い入れも自然と強いものになる。
私は見事に半年間、釣りと名のつくものをしていない。管理釣り場も海もなしだ。ロッドを振る感触ですら忘れているのだから、新鮮さが強調されるのもムリはない。
一台、水色のバンが上流方向へぶっ飛ばして行った。最初の川が不振だったので慌ててこっちへ場所がえしたっていうカンジだ。
さあ、今日は釣りに来た。ならば、サカナを釣ろう。
こんな状況ならフライをしっかり沈めてサカナにしっかり見てもらう。
タングステンビーズヘッドの重いニンフをブンブン振り回しながら、これまた重い流れを遡る。
(これをやると、ドライ付けた時のキャスティングが楽なんだよなぁ〜)
と、のんきに考えてみるが、とにかく釣れなきゃハナシにならない。
だが、この日の状況の具合に反することはなく、無反応のまま時間は正午をまわった。
およそドライフライを結ぶ気にならず、ヘビー級ニンフの登場となる。
実際釣り人の姿をほとんど見ないのもわかる。これはちょっとギブアップだろう。
川岸にはずっと雪があり、川面に張り出した木の枝からは次々と雪が落ちてくる。ひとかたまり落ちるたびに水温が下がるのがわかるようだ(わかる訳ないけど)。
去年はずいぶんと賑やかな初日だった。入渓する場所に困るくらいに釣り人が居た。それは自分的には具合が悪いはずなのに、その年一度だけのお祭りのような感じがして悪い気はしなかった。

川の手強さも空の寒々しさも釣り人の少なさも、全てが僕の思惑から外れていた。
と、不意に柔らかく光が射してきた。雲の合間から太陽が顔をのぞかせた。
突然マーカーが消え水中でウネル感触に、ようやくサカナが掛かっていると認識できた。
(バレる、バレる)
ネットですくい損なう。サカナはどんどん下流へ下って行く。水流がその力を何倍にも感じさせているのだ。
ティペットは去年のものを使っていた。いつもなら毎年最初に買い替えるのに。ブラッドノットで結ぶ時、何回か切れていた。
(や、ヤバイか〜!?)
最後に釣れたチビヤマメ。今年もよろしく。
つ、釣られちゃいました・・・。 急げ〜。ユキシロが流れ込んでくる〜。
また水色のバンが通り過ぎた。さっきから行ったり来たりしている。
車まで歩いて戻ると汗ばむくらいの陽気になった。本当はこれからの時間が良いのかも知れないが、そのうちユキシロも入ってくるだろう。

なんとかティペットは切れずに取りこめた今年の初物はなかなかの男前だった。
道を下るといつの間にかほかの川から回ってきたらしい釣り人がちらほらいる。僕はすっきり顔でその横を通り過ぎた。
・・・しかし、遠い。車が見えん。