三月の最初の週末が今シーズンの初釣行だった。
まだ川筋にはたっぷり雪が残っていて空も厚い雲に覆われ、とてもヤマメの活性を感じられる条件ではなかった。
昼を過ぎて、一気に雲が流され青空が覗いた時にインジケーターが引き込まれた。
前方には見慣れた山塊がまだ雪をかぶったままで、その白さが目に焼き付いている。
印象深い一匹で今年の釣りは始まった。
夕立が続く渓は十分な水位が保たれている。
ちょうどこの頃、僕は新しくパソコンを購入していた。
Apple がCPUにIntelを搭載した初のパソコンだった。出荷が遅れ初釣行の時はまだ手元には来ていなかった。
そうでなくてもなにかと気ぜわしい春先に、さらに輪をかけて落ち着かない週末を何度か過ごした。
釣りの方はその間になんどかボウズもありで今年の釣りの行く先を不安視したりしていた。パソコンが来てもそれは変わらなかった。
その頃から西の川へ通うようになってきていた。山間部の里を縫うように流れるその川は、水生昆虫の多さもあいまって濃い魚影に十分満足できる釣りだった。

このあたりからハッチにライズにと一番フライフィッシングの楽しい季節なのだが、フシギとあまり強く記憶に残る釣りはない。
アマゴのたくましさは夏の終わりに感じられる。
カゲロウが飛び交いライズもある。それは実にエキサイティングな状況なのだが、間違いのない状況とも言える。
それはあたりまえの釣り・・・と言うのは乱暴だが、そのあとの釣りに厳しい季節の中で、なんとかゴギやヤマメの顔を見ようと奔走した時の方が脳に焼き付いている。

訪れる里の景色もその都度変化する。
春は緑浅く、しかし野の花が彩りを添えて賑やかだ。
季節が少し進むとその目に鮮やかな新緑が体内浄化を促してくれるような錯覚を覚えるほどだ。
ただこの頃から徐々に上がる気温とともに魚の反応が渋くなってくる。
厳しさを求めている訳ではないのだが、シーズンの大半はそんな条件が占める。
朝からしとしと降る雨。湿気がこもる。
土日が休みでも二日続けての釣行はあまりしない。ここはさすがに体力と相談しないと二日目の釣りのぼろぼろさ加減がすぐに想像できる。
一週間のインターバルをおいての釣り、それは土曜日でも日曜日でもいいのだが、この一週間ぶりっていうところが意欲をかき立てる。
ずっと釣りだけをしながら生きていけたら幸せかというと、そうではない。体力が持たないのはもちろんだが適度な間隔とメリハリが次の楽しみを成立させているのだ。
禁漁はどうだろう。こんどは一気に半年間のインターバルをとることになる。
でもきっとここでも半年の休養がなければ土日連チャンと同じような食傷状態になるような気がする。
禁漁は禁漁で無理なく受け入れられる体質に、僕らはなっているようだ。
百戦錬磨の毛鉤たち。お疲れさま。 すでに落ち葉の第一陣。次の季節が近い。
梅雨のワンクッションがあり、再充電完了ですっかり暑くなった渓へ向かうと、体力の低下の著しさを痛感する。
解禁の時も半年振りの渓歩きはしんどい。でもまだ暑さが無い分なんとかなっているが、梅雨明けのそれは相当なものだ。
この頃からオフシーズンには足腰鍛えなきゃぁなあ〜って思ったりするのだが、こればっかりはなかなか実現せずじまいだ。

そして、盆が過ぎ、少しずつ暑さが緩むのを実感し始める。
水面の裏側。ヤマメ達は見慣れた光景。

朝夕がめっきり涼しくなり、それでも日中はまだまだ夏で、ふたつの季節の混在するのが禁漁間際の頃でもある。
暑くもあり秋を感じる風に吹かれたりもして、その妙な違和感は逆に心地よい。日差しも真夏のそれとは確かに何かが違う。

春の宵に似た季節の変化に身を置くことが、その酔うような浮遊感が、残暑にダレた僕を駆り立てる。

そんな感覚にまた身を沈めてしまおう。
そろそろいつものインターチェンジが見えてきた。
では、今年最後の釣りに、これから。