白いポストのパラシュートをひったくるようにくわえこんだアマゴ。ドライフライに魚が出るのって、こういう感じだったか。
するりとネットに入ったアマゴはぐねぐねと身をくねらせている。清らかな流れの水がアマゴの体に清浄の成分を送り込み、アマゴの体を支える僕の手までが肌細胞を活性化させてくれているような気になる。
アマゴの向きを変えようとしたらつるっと滑ってアマゴは流れの中へ飛び出していった。
そんなにのんびり長くは写真を撮らしてはくれないようだ。
でも僕は別に不満はなかった。
ドライフライに出たアマゴ。今年初の朱点。
解禁後に釣りに行ってから、あっという間に四ヶ月が経ってしまった。
一番気持ちのいい季節に釣りをしなかったのは残念だけど、まあこういうこともある。
この梅雨の真っ只中だって面白い釣りが経験できる。思わぬ大物が釣れたりして。
この日は前日の雨で増水気味。朝のうちは霧も深くかかっていた。
川通しには歩けないので、道路沿いを歩いて、よさそうな場所で川に降りてロッドを振った。
川岸にはアシが長くびっしりと伸びている。こんな釣りづらい状況には慣れていないから苦戦を強いられた。
黒いボディにグリズリーのハックル。もうそんな季節。
最初のアマゴ以降、ドライフライに出てくる魚はいなかった。
こうなると戦略が難しい。
どれだけドライフライを流しても、魚が居れば出る場合と、いてもドライには出ない場合がある。
ここでちょっと前に巻いておいた水中のテレストリアルを思い出した。
うん、ここは水面下か。何年も前に増水の川で水面下が絶好調だったことがある。
その時はウエイトなしだったが、まずはウエイト入りのザグバグを結んだ。
ウエイトも多くは巻いてないから投げにくくはないはずだ。
増水の川はポイントがなくなる。どこを釣ればいいの?
一投目で流れに引きずられるように流されたフライをピックアップすると、小さなゴギが釣れていた。
あー、やっぱりそうか。こんな増水ではドライじゃないんだ。もう少し水が引けばドライでもイケるんだろうが。
今度はしっかり水中のザグバグをナチュラルに流すよう意識した。するとすぐインジケーターが引き込まれた。フッキングすると水中をぐるぐるうねるような感触が伝わってくる。きれいに水面下の釣りが決まった。
腹のオレンジ色が鮮やかなゴギだった。
その後もザグバグは堅調な働きを見せてくれた。流れの緩くなった少し水深のあるポイントではほぼ一発で出た。
時間が経ち雨上がりの蒸し暑さが加速してきて、かなり不快で汗も噴き出してくるが、マーカーが引き込まれるたびにそんなことは忘れてしまっていた。
解禁から同じようなペースでずっと釣りに行けていたなら、少しづつ変化していく季節に体も釣り方も順応しながら時間が経っていく。
しかしいっぺんに四ヶ月を飛び越すと、釣りの感覚が季節の変化についていけない。
そういう意味で、この日の釣りは増水に助けられた感じだ。
もっと暑くて減水していたら、今の僕にはとてもヤマメもゴギも釣れなかった気がする。

ぐいとロッドが後方に引っ張られた。バックキャストで木の枝にフライが引っ掛かったのだ。ザグバグはあれひとつだけだ。
夏の増水はザグバグで決まり。多めに巻いとかないとなあ。
ザグバグは回収できなかった。フライボックスを探しても水面下のフライはニンフしかない。
もちろんこれでも釣れるはず。ただ春先の釣りをイメージして巻いたフライだから、ちょっと結ぶのに抵抗がないこともない。
ニンフをキャストすると、全くザグバグと変わらないようにゴギが食いついた。
ここはちょっと違いがあっても良かったんだかなあ。この季節はザグバグでないとダメっていうくらいのほうが面白いから、ニンフでも同じように釣れるとフライの巻き分け、使い分けの意味が薄れる。
まあ釣れたのだから贅沢は言うまい。
やはり沈ませてこいつは出てきた。
春から初夏にかけての釣りを今年は僕は知らない。
どの川がいつごろどんなだったか、それを知った上で今の季節を迎えるのと知らないで迎えるのとでは、なにかその年の釣りの流れを読む力に差が出るように思う。
やはりその年の川の状況と変化の傾向をつかんでいるかいないかで、釣果もかなり変わってくるのは疑う余地はないだろう。

またニンフを枝に引っ掛けてしまった。
試しにドライフライを結んだ。緩い流れに落としてみたが、ゴギは姿を現さなかった。
増水した川は、釣りを難しくもし、容易にもしてくれる。