流れが二股に分れるそのたもとに車は停まっていた。
うむむ、これじゃあどっちに行ったのかわからないな。
この日は左の川に入ってみようと思ってきたのだが、どうするか?
と、その時左の川沿いの道からフライマンが歩いて戻ってきた。
こっちに入ってたか。しかし戻るのが早いな。
「おはようございます。こっちをされたのですか?」
「いや〜、あまりしていないよ。水が多くて。よかったらどうぞ」
それはありがたい。僕はしばしその釣り師と話をした。
伝家の宝刀、いざ出撃じゃ!
クルリっとフライの上を魚が舞った。またこの出方。
なんでこんなことになるのか?
同じポイントでみっつ駆け損なった。なんでクルリって出るのだろうか?
もう一度キャスト。四つ目はなんとか掛けたが、ムキになるほどのサイズではなかった。
しかし寄せた魚に僕は見入った。これはゴギの紋様を持つヤマメ?
交雑種か? この川で交雑種なんて初めて見たが。
クルリと出るのもこいつだからだろうか?
写真を撮っていると、先の流れにライズのしぶきがあがった。
「この谷も昔はよく釣れた」とそのフライマンは言った。そうだよなあ。でも大抵の川がきっとそうなんだと思う。
その時軽トラが走ってきて僕たちの横に停まった。
「さっき熊が出たから気をつけた方がいいよ」と、そう言って軽トラは走り去った。僕たちはちょっと青ざめた。フライマンの彼は場所を変えると言った。
プッとクラクションを鳴らし走り去るミニバンを見送り、僕は左の川に降りた。
鈴はふたつぶら下げている。いつもはやかましいと感じる音も、この日はなんだか控えめだ。
細流の釣りは魚以外にも相手がいる。
僕は少し水位が高めくらいの方が渓魚の活性は上がるという思い込みがある。
それが事実かどうかというのもあるが、水位によってかなり釣り方も変わってくる。
そうなるとどの水位のどの釣り方が好きかとか得意とか、人それぞれだというのもあるだろう。
増水渇水の状況によって、釣り人の得手不得手が分れるのなら、ひょっとしたらこの日僕は幸運を手にしたのかもしれなかった。

またライズした。春先よりもよくライズを見るような気がする。
川沿いに咲くカキツバタ。渓に彩りを添えて。
短距離ではM川氏の言った通り少し軽いかも知れない、と思った。ただそれだけではない。
そもそも#3を使うのはかなり久しぶりだった。試しに#4ラインを巻いたリールも持ってきておけばよかった。
ライズはフラットな流れでしていた。水中でゆらゆらしている魚が見える。なににライズしているのか全くわからない。
1投目、ラインが水面を叩く。終わり。ちょっと力んだな。仕方ないので先に進む。
歩く度キャストする度に鈴がチリンチリン鳴るのはいいのだが、やっぱり熊よけにしては音がおとなし過ぎる気がしてきた。川沿いを歩くのだから流れの音にかき消されてやしないかと、自分で鈴を持って強く振ったりもした。
また前方でライズするのが見えた。ライズというより魚体がぴょ〜んと水面で跳ねている。そんなだからたいしたサイズではないが、見過ごすわけにもいかない。
新しい相棒、よろしくね。
狭い区間が終わり、川は開けた。
この辺りはアシがかなり生えてきて、以前良かった頃の面影はなくなっていた。
投げるポイントを探して歩くほどポイントがない。それでも一ヶ所だけ当時の様子を残した場所があった。
距離はあるがキャストに不安はない。狭い川だけがショートロッドの舞台でもない。
スルスルっとラインが伸び、意外なほど遠くにフライが落ちた。
そのフライがスッと消え、僕はロッドをあおった。
ググッとロッドが曲がり僕は後ずさった。熊避けの鈴がチリン、と鳴った。
こんなブッシーなフライが効く季節になってきた。
小さいアマゴばかり十数匹釣って、でも初の釣果がこれじゃあなあと思い始めていた。
この日は新しいロッドの初釣行だった。M川氏のバンブーロッド、6フィート3インチ#3。M川氏の新作のSyowma も欲しかったが、この6フィート3インチの長さに魅かれた。
記念すべき日に相応しい一匹を釣りたかった。この左の川に入ろうと思ったのもショートロッドに似合う渓、ということで選んだ。
決めかねていたのはラインウェイトだった。まずは#3のDTを試すことにしたのだが、使い始めて気持ちは固まってきた。
確かに短距離にはちょっと#3は軽く感じるが、いったんラインを伸ばしてキャスティングすると、#3の重量はこの6フィート3インチに実にいいバランスで合っている。
短距離かラインを出す距離か、どちらが実際の釣りによく使うかむつかしいところだ。しかし使う頻度よりもこのラインを出してキャストする感触、のびのびと飛んで行くラインの気持ちよさの方を僕は選ぶことにした。
それに気持ちよく釣りをすることも、釣果につながると思ったからだ。
車だけでなく渓魚にもハイブリッドが流行りか?
まだ結構距離はあるがキャストしてみた。
僕にしてはめずらしくきれいにターンオーバーし、フライはそっと水面を捉えた。
クルンっと魚体が踊り、こんなの合うかあ〜っと思って合わすと掛かった。
かなり小さい。ライズの主がこいつなのか。それとも別のやつか。

朝のフライマンは水が多いと言っていたが、僕はそんなに多いとは思わなかった。むしろちょっと多めの釣り頃ではないだろうか?
細い渓は昼までも薄暗い場所がある。
一転して開けた場所。しかし川原はアシでおおわれて。