「そこ、これから刈るんじゃ」
作業車から降りてきたおじさんがそう言った。
草刈り作業中の看板は出ていたから予想はしていたが、目当ての入渓地点で作業中だったか。
シャリンシャリンと草刈り機が草を刈り取る音を聞きながら、川へ降りた。車は少し戻ったところに停めた。

青空の見える釣りはずいぶんと久しぶりのような気がする。
空を見ると雲の流れが早い。なんだか暑くなりそうだ。
背丈ほどの草の伸びた川原。春の時の面影はない。
何匹か小さなアマゴが釣れたが、これじゃあてんで期待外れだ。
もう少し水位が高ければもっと良い型がコンスタントに出ていたに違いなかったのに。
川筋は一応川の流れるところは水面が見えるが、脇の岸辺は葦やほかの草で埋め尽くされている。
歩くところは川筋しかない。最初は木の枝でクモの巣を払っていたが、だんだん面倒になってそのまま突っ切り出した。
ウエーダーにはクモの巣がまとわりつき、歩く時はクモの巣につかまった虫の残骸を弾き飛ばしながら進んだ。
ここのところ釣りの途中で雨に降られているが、川の水位はちょっと増水気味の申し分ないものだった。
しかしこの日はついにというか減水の状況を目の当たりにした。
もう少し水位の高い状態が続いていると思って来たが、案外引くのが早かったようだ。

クモの巣の張り具合も今年一番だった。例によってポイントの真上に張り巡らされたクモの巣はフライの着水をかたくななまでに拒んでいる。
退渓する時は緑の海を泳ぐことになる。
上流部へ向かう道の途中に草刈りの作業車が停まっていた。どうやら昼休みの休憩をしているらしい。
僕は車を降り、午後の作業の様子を聞いた。上流部は終わってこれから午前に刈った草を集めて回ると言うことだった。
それならと僕は作業車の横を車で通らせてもらい、ゴギエリアに突入した。

減水した上流部はアマゴ域よりさらに深刻な状況だった。
勢力を増す夏草軍に流れそのものが侵攻されていた。フライを流すポイントが見当たらない。
わずかなポイントを求めて。竿を振るより歩いている方が長い。
なんとかアマゴをキャッチ。また春先のサイズに戻ったなあ。
うつぎの花があちこちに白い花を咲かせていた。
のあざみもワンポイントのアクセントを加えています。
道沿いの草は刈ってもらって助かるけど、
この木々はずっと切らないでほしいなあ。
ロッドを振るよりもただやみくもに進む方に時間がかかっている。薮や草をかきわけて散々進んでようやくポイント。ゴギ一匹。
それでもここぞと思う場所には必ずゴギが潜んでいた。
ただどれも小さい。もっと水があればまだまだゴギが沸いて出るんだろうに。

不意にざっと雨が落ちてきた。僕は道に上がって止むのを待った。
見上げると遠くの空に黒々とした雨雲と青空が見えた。梅雨と夏がせめぎ合っている。
雨が止むと道端に積んである夏草のにおいがした。
一輪だけささゆりが咲いていた。誰に見られることもなく。
バサッと魚体がフライをおおう。
あっと思ったが空振り。今年は何度これを繰り返してきたことか。
この失敗を区切りに一旦上がることにした。
上がるのにまたひと苦労、ぼうぼうに生えた草をかきわけかきわけようやく土手に上がった時は汗びっしょりになっていた。
釣りでここまで汗をかいたのも今年初めてだ。

草刈り作業のため停める位置を変えた僕の車はうまいこと日陰になっていた。麦茶とおにぎりで充電。ゴギ域へと向かった。
ゴギは季節とともに花が変わっていくのを知っているのか?
水の上の湿度なんて、水中には関係ないわな。