偏光グラスがわっと曇った。
これこれ、夏の朝はこれがあるんよね。
谷にこもる湿気は時間とともに消えていく。
しかしそれを待って入られない。偏光グラスが曇らなくなるということは、それだけ気温が上がってくるということで、そうなるとヤマメもゴギもフライなんて追ってくれなくなる。

ライズがあったと思ったけど気のせいか。もう一度フライを投げたらワサっとゴギがかぶさってきた。やっぱりいたか。
木々の間から夏が見える。
ぱたぱたっと何匹かゴギが釣れたので気分的には余裕が出てきた。
上を見ると木々の間からスカッと青い空と白い雲が見える。どうやら今日も暑くなりそうだと思った。いつの間にか朝の湿気は消えていた。

クモの巣とブヨの攻撃はどこでも同じようにある。
この谷のブヨはこれまた強烈で、ハッカの虫よけをした直後にはもう集まって来やがった。
目の前にブヨを従えながら釣り上がった。気が付くとゴギの反応はなくなりつつあった。
前回の釣りはまだ増水していたから、その恩恵をなんとか受けることが出来た。
それから一週間、あっという間に水位は下がり渇水の釣れない釣りの図式が頭に浮かぶ。
それならなんで出掛けてきたのかと言えば、まだ減水しきっていなかったらどうするのか? と言うことだ。
この季節、良い条件なんてそうはない。数少ないチャンスをみすみす見逃すことはしたくない。
先週はちょっと多すぎた。水がやや引き始めが狙い時。
そしてどうやらこの日はその狙い時に該当しているようだった。
岩の向こうをこっそりのぞく。そこがポイントなのよー。
翅をばたつかせて威嚇するオオヤマカワゲラ。
濃淡模様の濃いゴギ。暑い季節はこいつを釣らないと。
谷に響く蝉の声。流れ以外の音がここまで主張するのは夏だけ。
少し場所を変えただけでずいぶんと反応が良くなった。
良さそうなポイントにはたいていヤマメが潜んでいた。サイズは17,8cmくらいから20cmちょっとくらいだが、テンポよく出てくれると僕の釣りのリズムも乗ってくる。

だんだん調子にのってきて、流し方が雑になってきた。
小さなプールの外周を沿うようにフライを流したが、すぐにドラグが掛かってしまった。
するとそのフライに大きな影が襲いかかった。合わせたが掛かる訳がない。うむむ、少し気を引き締めないと。
トンボも避暑にやってきています。
一度車に戻って少し上流へ移動した。
車内は灼熱でおにぎりもあったまっていた。大丈夫か?
お茶のボトルは真空構造でまずまずの冷たさを保っていた。
昼飯でひと息ついてまた川へ降りた。
ここではヒグラシが鳴いていた。今年初めて聞くセミの鳴き声だった。
ヒグラシの声を聞くとなんだか夕暮れ間近のちょっと寂しい時のような気分になる。
これこそ夏だなあ〜なんて思いながらキャストすると、元気よくヤマメが飛び出した。
スイッチが入ったのか? ヤマメが出てきだした。
場所によっては川面に日が当たっている所も出てきている。何時くらいに川に着いたのか時計を見なかったが、釣り始めてから1時間ちょっと経ったくらいのはずだ。
さっき釣れた時と同じようなポイントも、シンと静まり返っている。
こんなにもきっちり線を引いたみたいに釣れなくなるものか? ゴギがそこまで律義だったとは知らなんだ。

水位はたぶん申し分ない。多すぎず、そして渇水でもなく。
この辺りが日中何度になるのかは知らないが、この水位なのに陽が昇ってきたからフライは食いません、なんていうのはありえんだろう。
釣れないまでも魚の気配でも感じられればまだいいのだが、それもなくなった。

じっとりと汗をかいた。川の水で顔を洗いぬるくなったボトルの麦茶を飲む。
風が吹けば天国のように涼しくなりブヨもどこかへ行ってしまうのに、その頼みの綱の風もゆるやかで心もとない。
日陰と日なたが釣りの明暗を分ける。
さあ、もう帰っていいよ。
少し前にもアマゴとゴギが交互に釣れた増水の時があった。
今回もゴギの川かと思えば結構上流に来てもヤマメが出る。
朝のうちはブッシーなハイフロートのフライだったが、今はアントパラシュートだ。
ていねいに流しさえすればなんとか食いついてくれる。
時折吹く風はその時だけ避暑の優越感を味わえる。だが止むとまたブヨがやってくる。
この日何度目かの順番で釣れたゴギは、フックを外してもなかなか流れに帰ろうとしなかった。
ゴギも静かにヒグラシの声を聞いているように見えた。