ぐぐっと集中力を高める。
出る出るとフライを追っていると体温が上がるのか偏光グラスが曇ってしまった。呼吸を整えると曇りは引いていく。
するとフライにバシュッと出たが空振り。くそーっと口惜しがるとまた偏光グラスが曇った。

霧雨が落ちてきていた。一応カッパを着て釣り始めたが、暑くてすぐに脱いだ。
川の水位はまずまず。かんかん照りよりは霧雨の方がまだいい。
予定外の釣りになったが、なにか期待できそうな予感がした。
これはちょっと、どうにかなるレベルじゃない。
林道で曲がらず落石のある方へ向かうと、落石地点の手前にも川があった。そっちへ行くか?と思ったが、そのためには急峻な下りの連続カーブの道を延々と降りなければならず、その道も台風でどうなっているかわかったものではなかった。
さすがにそんなリスクを冒す気にはなれず、僕は来た道を戻った。
さて、この日の釣りをどうするか? だいぶ時間をロスしてしまっている。かといってこのまま帰るのも口惜しいし。
結局いつものインターチェンジのあたりまで戻り、そこから新たに川を目指すことにした。
よく行く水系にするか、それとももっと手前の近い川にするか。迷いながら運転していた。
ふと道路脇の紫陽花が目に止まった。このあたりは今が紫陽花の見ごろの季節だ。
そう言えばたしか紫陽花の咲く道筋の川があったな。もう何年も行っていない。今あの川はどうなっているだろう。
「○○林道の所まで行けますか?」と聞くと、数人のおじさんが首を縦に振った。
お礼を言い僕は車を進めた。この先22Km地点に落石があり、この道は通行不能になっている。僕の目的は落石地点の手前で分れる別の林道で、それを通って峠を越えた先にある川を目指していた。
草刈り作業のおじさん達に林道まで行けることを確認し僕は躊躇せず進んだ。
林道に入り峠を越えたところで、倒木が道を塞いでいた。つい前日南側を通過した台風の仕業にちがいなかった。
押し寄せるセミの大合唱。僕の釣りへのエールか?
不意にゴギが釣れた。小さく痩せたゴギだった。
なんとかゴギも残っていたか。
だがもっと沸くようにゴギが釣れる、という状況ではない。
そのあともアマゴがよく釣れた。
七月下旬でこれだけコンスタントに釣れれば上出来だ、と思った。思ったがなにか物足りない。
倒木に目的地への道を閉ざされ、時間をロスして辿り着いた川で、まずまず釣れているのだからいいじゃないか、と思うのだが、やっぱり欲が出る。
この川はゴギの川。もっとたくましいゴギが釣りたかった。
渓畔林の豊かさが川のコンディションを決める。
また偏光が曇る。
フライを見に来た魚にフライを見切られた。くそー。
ティペットのクモの巣を取り除きもう一度キャスト。今度は出た。
ようやくこの日一匹目。朱点の鮮やかなアマゴだ。
行き止まり地点から引き返して、二時間が経過していた。
こうなったらこの遅れをハイペースでリカバリーしないと。

この川はどちらかと言うとゴギの川だと思っていた。しかしここもアマゴの勢力がおしてきているようだった。
晴れの日に紫陽花を見た事がない。
ようやく霧雨が止んだ。紫陽花街道を戻る。
どうだっ?とロッドをあおると固く動かない感触。いや、これはなにか引っ掛かったか? と思う間もなくググッと引っ張られた。
やっぱり釣れてる、とラインをたぐるが水底にへばりついたように動かない。
これはゴギだ。この川のゴギが掛かっている。
さらにたぐるとゆら〜っとゴギが浮いてきた。

思えば倒木に邪魔されなかったらこの川には来ていなかった。
ゴギには悪いけど僕はもう少し釣らせてもらうことにした。
ゴギポイントからはゴギは出ない。それでもアマゴがいいテンポで釣れ出したから不満はなかった。しかしもう少しサイズが欲しいところだ。
フライを流すとスッと消える。合わすと魚が掛かっている。
もっと派手にフライに食いついてくれるほうがエキサイティングだが、贅沢は言うまい。
なんとも上品な出方のアマゴだ。行儀がいい。
フライは半沈みのパラシュートが反応が良い。僕は一本のアントのパラシュートで何匹釣れるか試すことにした。
ゴギ域に侵攻するアマゴ。
昼をずいぶん過ぎたので車に戻った。
霧雨はずっと降り続いていた。
この先の上流はあまり良くなさそうだったので、昼飯を食べたあとは下流をやってみることにした。

下流側はアマゴの反応はなかった。と言うよりアマゴもゴギも姿を見せず、どのポイントも沈黙していた。
いくつかの好ポイントを静かに通り過ぎ、中くらいのプールにフライを落とした。
スッと消える。ああ、上品なヤツだな、と思い合わすとロッドがグイッと曲がった。
これがこの川のゴギ。ようやくの再会。