林道にはワンボックスが数台停まっていた。手前にあった看板の通り、除草作業中のようだ。
僕の車に気付いた作業の人が車をどけてくれる。
僕は頭を下げながら通過し、この日の目的の川の上流部へと向かった。

もうすでに暑かった。だいたい車で出発する時から、いや朝起きた時から暑かった。
とうとうこういう天気になってきた。ちょっと前まではまだなんとかしのげる暑さだったが、ここにきて気温の上昇は容赦なかった。
何年ぶりかの谷へ、その入り口へ向かう。
良さそうなポイントにしつこく投げたが出てこない。
次へ行くかと思いながら手前に流れてきたフライにぬう〜っとゴギが食いついた。
手前過ぎるっ! と慌ててロッドをあおりラインを手繰った。
さっきのクモの巣を攻略したときと同じくらいのゴギ。気持ちよくロッドを曲げている。
そういえばさっきも今もフックはバーブレスだった。
前回あれだけバラしたのにこの日は不思議とバレる気がしない。
何の具合でバレたりバレなかったりするんだろう。
木陰でひと休み。アブよ来るな〜。
アブとブヨは半端ない数で攻撃してきた。
僕は車から逃げるように川へ降りた。アブはまだ車の周りを飛んでいる。
川の水は思ったほど減ってはいなかった。ここのところそんなに雨は降っておらず、ひどい渇水もありうると思っていたから嬉しい誤算には違いない。

とは言え、だからよく釣れると言う訳にはいかない。
しばらくの間ただ流れるフライを目で追うばかりだった。
幸先のいい一匹。この調子で続くか?
昼が近くなった。腹も減ったし車の中に置いてある食料も気になるから一旦上がった。
僕の車のすぐ近くの林道が影になっている場所に除草の人たちの車が停まっていた。昼の休憩をとっているようだ。
僕はかんかんに日に照らされた車に乗り込み、少しバックして日陰に停めた。

昼飯を食べ、少し休憩。
エンジンをかけなければアブは来ない。窓からはわずかな微風とセミの声が入ってくる。
徐々にサイズアップ。この川、なかなかいいかも。
スッと日が差してきた。すると一気に暑くなる。セミも一斉に鳴き出す。
また汗がじわっと出てきて、ブヨがまとわりついてくる。

木の枝のかぶさったポイントで、フライを追う魚影が見えた。
キャストし直す。追わない。
もう一度。そのゴギはゆっくり水面に向かってきた。

巨岩地帯は遠慮して、少し下ったポイントに入り直すことにした。また除草作業の邪魔をすることになってしまった。
更にゴギを求めて、アブとブヨを追い払いながら。
ゴギはゴギらしいポイントにいてこそ。
クモの巣がポイントをおおっているのは今に始まったことじゃないから、ここでどうあがいてもダメなポイントはダメだ。
そのポイントは真上ではなく少し手前にクモの巣がかかっている。リーダーをクモの巣の上に落として、ティペット部を一番上流側のクモの巣のところで折って下に垂らしたら、うまいことポイントにフライが落ちる。
なんてそううまくいった試しはない。と思いながらキャストしたらティペットがうまいこと折れてポイントにフライが落ちた。
で、出た。
アブよ、オマエはほかにすることないのか?
この谷に何千とある抜け殻。
山の斜面に野甘草の群生。オレンジ色が目を引く。
更に鮮やかな色のフシグロセンノウ。なぜか一輪だけ。
除草作業のおじさんにこの川の上流域のことを聞いてみた。僕はこの川はこの辺りまでしか釣ったことがなかったからだ。
おじさんの話だと林道はこの先川から離れてしまい、じきに行き止まりになるという。川の方は徐々に勾配がきつくなり、巨岩地帯になっていくらしい。
僕はお礼を言い、車を移動した。少し先で停めて川に入った。巨岩地帯の手前までが勝負だな、と思った。
少しずつ林道が離れていくのがわかった。谷が深くなりむわっとした暑さがこもる。セミの鳴き声も何重にも響いていくようだ。

あっと思った時は遅かった。アブに刺された。くそー、なにしてくれるんだ。赤く腫れた刺された場所を気にしながらキャストした。昼までのテンポのいい反応は影を潜めてしまっていた。

何匹かチビゴギを釣って進んでいると、目の前に一戸建てくらいの岩が現れた。
呆気なく巨岩地帯に来てしまったようだ。
どうする? 行くか? 戻るか?
ちゃんと残っていたね。来年もね。