金曜、土曜と好天が続いた場合は土曜日の釣りに期待が持てる。
前日の天気が翌日の魚の活性に大いに影響するからだ。
この日期待に胸を膨らませてやってきた川は、しかしどことなく冷え冷えとしていた。
まだ時間が早いからと自分をなだめ落ち着かせて釣り支度をした。
風はないが陽射しも弱い。天気予報だと昼過ぎくらいまでは晴れだったが、少し様子が違う。
流れに入ってみた。思った通り、そして辺りの雰囲気の通りやたらと水が冷たい。
これは前回から状況は良くなってはいなさそうだ。
この日一番活発だったのはナガレトビケラ。
どうにもドライフライで釣るような雰囲気でも気分でもないので、ニンフを結んで緩い流れだけを選んで釣り歩くことにした。
堰堤下の透き通った溜まりはいかにも冷たそうで、生命の気配など一切感じられない。
瀬が続くところではただ歩いて通過するのみで、たまに緩い流れがあるとニンフを放り込んだ。

しばらく釣り上がってみたが全く魚が釣れる気がしない。陽射しは更に減ってきて風も出てきた。
川に着いてたいして時間は経っていないのに、僕はもうこの日の釣りはダメではないかと思い始めていた。
寒々とした川。春と呼ぶにはほど遠い。
石に腰を下ろして休憩した。水の冷たさで足がしびれていた。
前回同様ほかの釣り人の姿は見えない。陽射しも一向に出てくる様子もなく、冷たい風も吹いたり止んだりを繰り返す。
ふと足下を見ると小さな黒い虫が何匹もわらわらと動いていた。よく見てみるとカディスだった。
黒い翅に淡い色の斑点があるのが特徴のヒロアタマナガレトビケラだ。春先にはよく見かけるヤツだ。
こいつらはじっとしているということがない。常にわさわさとせわしなく動き続けている。
そうか、虫たちは着実に季節を追いかけて活動を始めているようだ。僕はこの川の寒々とした雰囲気に呑まれてしまっていたが、この虫たちの動きをアマゴが見過ごすはずはない。
ナガレトビケラを捕食しないまでも、水生昆虫の活動のサインは出ているはずだ。
僕はニンフをティペットから切り離した。
川には何か活性のスイッチがあるようです。
一旦川を上がり車へ戻ることにした。田んぼのあぜ道を歩いていると途中地元のおばさんが家の庭から話しかけてきた。
おばさんの話によるとやはりこの週も週半ばに雪が積もり、それが金曜日の晴天でようやくなくなったのだという。
そういうことか、その溶けた雪は全て川へと流れ込んだのだ。この川は解禁当初、いやそれ以前の季節へと逆戻りしてしまっているのだ。
「なにをつるのかね?」 「はあ、あまごを」 「あまごなんぞここらにはおりゃあせんよ」 「そ、そうですか」
地元の人がいないというのだからいない、とは限らないが、それよりも雪解けの情報の方が重要だった。
ここくらい開けた川でこの様子なら、場所を変えてもあまり大きな変化はないようにも思える。さて、どうするか。
黒っぽい色のボディがほぼ水中に沈むパラシュートを結んだ。
ここからの場所は流れの早い場所が続くから、どちらかと言うと盛期に向いたポイントだ。
それでもドライフライでやってみようという気になっている。
足下のカディス達を避けながら一歩を踏み出すと、カゲロウが目に止まった。
(黒いカゲロウ??)
いやこれもナガレトビケラだ。彼らは羽化直後にカゲロウのように翅を立てることがあるらしい。
羽化直後・・。紛れもなく川自体が動き始めている。
ニンフからドライに変わったのと同じく僕の気持ちも軽くなった。
生気の感じられる流れになるのはもう少し先。
石が点在する瀬が続く場所まで来た。この時期こういう流れはどうかなあと思ったがフライを投げてみた。
また水しぶきなしでフライが消えた。合わすとちびアマゴが掛かった。
僕はすぐ寄せてフックを外し後ろ手で下流側へアマゴを放した。
そして次のポイントへ。またちびが掛かり、寄せて後ろへ放す。
こんな流れ、この季節に入る釣り人は居そうもない。それで放流間もない同じサイズのアマゴが残っているのか。
また同じサイズが掛かり、僕はまた同じ動作でそのアマゴを後ろに放した。
なるべくボディは水面下に沈むように。
平地の雪は見えなくなっているが。
もしもこの日のうちに水温が上がることがあるのなら、水量の多い中下流域よりも少なめの上流域の方が期待が持てそうな気がした。
だからと言ってあまり上流へは行く気がしないので、少しだけ移動してまた川に入った。

来た時から同じニンフをずっと付けている。途中ティペットをやりかえたがフライ交換はしていない。
入り直した場所もあまり状況に変わりはなく、気温も水温もほとんど変わっていないように思えた。
途中いい感じの低い堰堤があった。春先のポイントの王道だ。期待を込めてニンフを投げたがマーカーはぴくりとも沈まなかった。
ナガレトビケラのカゲロウポーズ。キマッテます。
ふたつの流れがゆっくりと交差するポイントに来た。
一投目だ、と直感がきた。キャストするとほぼ狙いのレーンにフライが落ちた。と、パシャッと水しぶきが上がった。
合わせたがかからない。しかし極小アマゴだと出方でわかった。
少し移動するとまたゆるりと厚みのあるポイントがあった。
一投目、一投目とつぶやきながらキャスト。まずまずの筋、フライも良く見える。居たらここでヌルッとフライにおおいかぶさるのになあ・・・と、ヌルッと出た。
水しぶきを一切上げず、高飛び込み競技なら高得点だ。
ノースプラッシュで高得点のアマゴ様。