気象レーダーの雨雲予報や累加雨量のデータをひっきりなしに見比べながら、でも行く川はもう決めていた。
要はその川が良いコンディションになっているんだろうな、という確認をしていのだ。
一週間以上降水のない川へ出掛ける度胸はない。この季節になったら釣りの成立は、何日前に雨がどう降っているかにかかっている。
孤島が浮かぶようにぽつりと発生する雨雲。よし、あの川の水源の山に降ってるな、とか、ちょっと外れてる、とか。
夏の釣りは情報戦だな。
ちょっと痩せてますね。夏はスタミナ勝負ですよ。
浅い流れではヤマメは潜ることが出来ない。ならばどうするかというと、とにかく走るのだ。
ロッドがグイグイと曲がる。ラインを手繰り損なって下流へ走られた。
その時僕は気が付いた。今まさに川は増水しつつあった。
ヤマメはその流れに乗った。
僕も下流へ走り、追いついたところでネットを差し出すが簡単には入ってくれない。
何度もしくじって、よくバレなかった、よくティペットが切れなかったと、ネットに横たわるヤマメを見て思った。
走る走る。水中では熱中症はありません。
「どっか良い川はないかのう」とM川氏。
「雨さえ降ればどこも良くなりますよ」と僕。
いつものようにM川氏の工房で市内の空模様を見つつ僕たちは話をしていた。
この時期になるとどの川へ行こうか悩んでしまう。
行く川で迷うのではなく、良さそうと思える川が思いつかないからだ。
「直感は大事ど」と僕が行こうと思っている川の名前を聞いてM川氏は言った。
僕は早速その川の気象レーダーを見てみることにした。
なんとか渇水は避けられたが、次に来るのは?
まずまずのヤマメを釣り、一旦車へ戻った。
まだ昼前だったが昼ご飯にした。車の窓を開けて食べたかったが、アブが入ってくるので閉めてエアコンをかけた。

ひと休みして今度はカッパを着ずに川へ降りた。
かなり細かい雨になっていたのでもう気にならない。
と、ふっと辺りが薄暗くなった。あ〜、こりゃくるのか? と思う間もなく大粒の雨が落ち出した。そしてあっという間に土砂降りになった。
ぬ〜、に、にごってきてる〜。
目が覚めるとルーフを打つ雨音が小さいのに気付いた。
よし、止んだ、と勇んで川に向かった。そして茶色くにごった流れを見てスッと戦意が引くのがわかった。
雨上がりの風が気持ちよく吹き、それは雨が降ったからというだけでないのだと思った。

この日、秋雨前線がこの地方の上空を南下していた。

僕は風に吹かれて雨と汗が乾いていくのを感じていた。
やっぱりなー、帰る頃になると止むんだよ。
今シーズン、半分はこのロッドで。
直感の川へと出掛けた。川に着くと小雨が降っていた。川の水は深刻な渇水ということはなく、十分釣りになる水位だ。
ただわずかに濁っているようだ。
気象レーダーでは前夜、この辺りに結構降っているようだった。
カッパをどうしようか迷ったが一応着ていくことにした。

パタパタっと二匹釣って、まずまずかなと思った。
なんだかクモの巣がずいぶん少ない。夏だ夏だと思っていてもこういうところにちゃんと季節は来ているようだ。
歩いていくうちにだんだん暑くなってきた。雨は少し強くなったり弱くなったりを繰り返している。カッパを着るほどでもないような微妙な降り方だ。
そもそもカッパを着ないでこの小雨に濡れるのがいいか、カッパを着て雨には濡れないが蒸れて汗で濡れるのがいいか。
やっぱり着てこなきゃよかったか。するとまたバチバチとカッパを叩く音がするくらいの雨が落ちてきた。
昨夜の雨は良かったが、釣りをしている最中も降るのはちょっと遠慮したかった。無論そんな都合よくいかないのはわかっているのだが。
汗の不快感で集中力がなくなりかけていた。ちゃらちゃらの浅い流れの、なんでこんな場所に投げるのか? というようなポイントで、いきなりフライがひったくられた。
木の下で雨宿りをしたがそんなもの効きやしない。やっぱりなー、カッパを脱ぐとこうだ。みるみるベストもシャツもびしょぬれになった。さすがにウェーダーの中は濡れずに済んでいるが。
もうじき止むか、もうちょっと待つか。結局この迷いは余計なことだった。僕は散々濡れたあとにようやく車に戻ることにした。すぐに決心すればこんなに濡れずに済んだものを。
車に戻ると雨がルーフを叩く音が凄まじい。それくらい降っているんだと改めて思った。
体を拭いてシャツを着替え、この轟音とも思える雨音を聞きながら僕はだんだんとウトウトし始めた。
コツンと大きな音がした。ドングリがルーフに落ちたようだ。そして僕はスッと眠りに落ちてしまった。
まだ青い秋の気配。
ひょっこりゴギも出てきました。