春が終わる〜、とか秋がおわっちゃったー、とか冬が終わるねー、とかはあまり思わない。
でも夏が終わることに対しては、幾ばくかの感慨があったりする。
なんで夏にだけそう思うのだろう。行く夏を惜しむような寂しいような感覚。あれほど暑い暑いと嫌がっていたのにね。

連続スポット豪雨もここ数日は鳴りを潜めていた。
今にして思えば梅雨が明けてからひどい渇水という状況には合わなかった気がする。
今日も水はいい。
今日はゆっくりと、ロッドを振ってみよう。
空はスカッと青く抜け、いよいよ夏が本気を出してきた。
ひょっとしたらもう夏の暑さは終わったんじゃないかと思ったが、そんなアマイ話はなかった。

木のかぶさった流れが終わり、開けてきた。
ポイントにもギンギンに日が当たっている。
僕もM川氏もテンポよく釣れるということにはならなかった。
ここいらでなんとかリズムを変えないと。僕は日の当たるポイントへ黒いカディスをキャストした。
じりじりと暑さが勢力を拡大していく。
M川氏との今年3度目の釣りは、割りと近い川へ入ることにした。
「なんか気になる」というM川氏の"勘"に頼ってみた。
小さな集落を抜け川に沿った道路を行くと、集落のあたりより開けて釣りやすそうな流れになってきた。
このあたりからやってみよう、とお互いアイコンタクトをとり、支度を始めた。
まだ少し湿気があるが、日差しは山に遮られている。
そしてアブがいない。もう季節がそんなところまで移ろっているのか。
さて、どうなりますかいのう。
水中でぎらっとうねった魚体を見て僕は少しひるんだ。
水中では大きく見える。それを差し引いて云々・・・、そんなこと考えている余裕はない。
僕の動きが止まったのを見兼ねたM川氏がネットを取り出し、僕のアマゴが少し寄った時にすくってくれた。

僕が写真を撮っている間にM川氏はそのすぐ上流でまたアマゴをキャッチしていた。
僕は自分のアマゴを見ながら安心してしまった。油断があった。
ワイルドな夏アマゴ。見事な引きっぷりでした。
このサイズ、今年は何匹釣ったかなあ。
ヌルッと白い腹を見せたが空振り。口にも当たっていない。
「今のは良かったじゃろ」というM川氏の声に振り向かず頷いた。
もう一度キャスト、もう出てこない。
アマゴならチャンスは1度っきりだろう。不用意な一投だった。

この川は以前はよく来ていたが、ここ2,3年足が遠のいていた。近いから逆に遠のいたのか。
久々に丹念に釣り歩くと、なかなか悪くない渓相に僕は期待し始めていた。
(M川氏の勘、的中か)と、そのM川氏がロッドをあおった。難しい倒木の下からアマゴを引きずり出していた。
それに続けと僕もフライを流すが、好ポイントで魚の反応はなかった。
やはり釣り人はずいぶん入ってはいるのだろう。
クモの巣もない。ブヨも控えめで、そこのところは快適そのものだ。多少湿気でむっとするが、今までの暑さに比べたら楽なもんだ。

木々の隙間から日が差してきた。
そしてそれを合図にセミたちも大合唱を始めた。
彼らの儚い一生が夏の感情の理由のひとつなのかもと、ふと思った。
一投目、少し手前過ぎた。
ゆっくりラインを引いて二投目、いいところに落ちたその更に上流から魚体が飛びかかってきた。
「よっし! ゆっくり行け、ゆっくり!」とM川氏が声を上げた。
僕はその声で事態を把握した。
魚は川底にもぐり続いて下流側の岩のえぐれに潜り込もうとしていた。岩角にラインが当たっている。このままじゃ切られてしまう。
僕は6フィート3インチを寝かせ、岩からラインを離し更に引き寄せようとした。
だが魚はまだあらがい、更に6フィート3インチを大きく曲げた。
小粒のスモモがたわわに実る。
子供を守る母の強さ。睨んでます。
外でご飯が食べれる。アブよさらば〜。
アマゴを見送るM川氏。また来年ね。
野草を撮るM川氏。ちょっとした息抜きに。
昼食後川を移動した。
僕が昨年最終釣行で最後のポイントでバラしたゴギに未練があるとM川氏に言っていたので、そこをやってみることにした。
ポイントは本当に一ヶ所だけで、僕だけが道のすぐ脇の細流でロッドを振った。
道の上からM川氏が見る中、二匹の小さなゴギを釣った。これが去年のゴギであるはずもなく、そうウマイ話しもあるはずがなかった。
M川氏がスモモの実を採りたいというので、そこへ向かう途中、僕はちょっとだけ魔が差した。
後半三ヶ月、このロッドで通しました。
夏に追い立てられて、次の川へ向かいます。
ようやくスモモの木の所に行くことになった。
川の対岸にたわわに実った実がちらりと見えた。
そのまま近くに車を停めると、M川氏が叫んだ。
「おい! 熊じゃ!!」
見ると木に登ろうとしている中型の熊と目が合った。僕は慌ててリヤシートのカメラを取ろうとして手が止まった。
M川氏が車から降りて何か叫んでいる。熊はすでに森の奥へと姿を消していた。
僕は最初の川で良型のアマゴを釣ってその写真を撮っている時、ぼんやり油断して防水じゃないこのカメラを水に落としてしまっていたのだ。そのカメラは起動しなくなっていた。

バンブーロッドの弾性が心地よく伝わる。弾性がラインのスピードを加速させ、トップガイドから放たれるラインに命を与えている。そしてラインは季節を追いかけ追い越してフライを飛ばす。
僕たちは三ヶ所目の川に入っていた。
僕の右ももはだいぶ痛みがひいていた。
M川氏と僕がそれぞれキャストし、反応を待つ。
だが魚の気配はない。僕たちはほぼ同時にリールを巻き始めた。
ふたつのリールを巻く音が渓に響いた。
不意に僕は横倒しになった。足元が掘れていて転倒したのだ。M川氏がすぐ声をかけてくれたが、僕は一番にロッドを心配し、次にネット、最後に自分の体をチェックした。どれも無事だったようだ。
なんとか岩盤ポイントに辿り着き、M川氏が攻めたが反応はなかった。それは仕方がない。問題はそのあとだった。

この先、川沿いに上流へ歩いてもかなり行かないと道路とは交わらない。僕はここから横の草地を突っ切って道路に出ようと考えた。
M川氏がこのあたりの様子を思い出しながら方向を見極めようとしていたが、僕は遮二無二草地へ突進していった。
そこは川筋のアシの2倍ほどの密度の草地で、もちろん背丈は僕以上だった。イバラも混じっている。アシに足を取られないよう足を上に上げて進む。その時、先ほどの転倒で右ももを痛めていることにようやく気付いた。
M川氏は戻った方がいいと言ったが僕は聞かなかった。意地になっていた。
結局汗びっしょりで数十分かけて道に出た時、強行突破した草地の数メートル横には草の刈り取られたきれいなあぜ道が並走していた。
僕たちは一気に脱力した。
抜き足差し足で狙っております(写真提供 M川氏)
この川の中にアシに埋まった区間があるのだが、そこに一ヶ所だけ岩盤の好ポイントがある。
そこをやってみようとM川氏に提案した。
M川氏は承知してくれたが、この時すでになにか予感があったのかも知れなかった。
アシをかき分けて進むうち、僕はそのアシの成長ぶりを甘く見ていたことを悔やんだ。
背丈・強度ともに釣り人が釣りざおを持って進めるレベルではなかった。
それでも僕たちはアシをかきわけ踏みつぶしながら進んだ。