仕事の合間にひと巻き。M川氏の工房にて。
今年の釣りシーズンも終わり、なにかぽっかり穴が空いたような気持ちの張りが緩和されたような、そんな日が何日か続いたあとご苦労様の意味を込めてロッドのメンテナンスを思い立ちバンブーロッドビルダーのM川氏の工房を訪ねた。
実はM川氏の工房は私の自宅のすぐ近くにある。まだフライフィッシングをやり始めた頃は、床屋さんの入り口にカッティングシートでヤマメとフライロッドが描かれているのを「?」ってフシギに思っていた。その数年後、最初のM川ロッドを手にする事になり、今年は2本目がシーズン中の釣行の九割で水面に水飛沫を上げさせる事になった(注:フライラインが水面を叩いているのではない。念のため(!?))。
M川氏のタイイングデスク。というか、マルチ机にバイスの付いた木の台を「ホイッ」っと置いただけ。
驚いたのは見事なまでに質実剛健なタイイングデスクであると言う事だった。部屋の中央にある机にひょこっとバイスの付いた木の台を置くだけで「タイイングデスク」なのだ。
数十年前のSmithのバイスで、ジョーは手製のものに交換してあった。当然木の台も(台に開けてあるツール用の穴も)手製で、立ててあるツールもウィングフォーマーやらハックルガードやらと、最近のカタログには馴染みの薄いものが立てられているのが逆に新鮮だったりする。
右下のボビンホルダーとスタッカーも手製。補足だが左の七味とうがらしはM川氏の食の好みであって、タイイングとは無関係である。
ティムコとかC&Fとかから、タイイング意欲をかき立てられるようなツールの新製品が出ると、釣り仲間達は我先にとばかりに購入して試したりするのだが、M川氏にはどうもそういう感覚は持ち合わせていないようだ。
必要最小限の機能を満たしていれさえすれば、それ以上をツールに求めるような事はせず、ただ自分の釣りに使うための毛鉤を巻くことに徹する・・。それはこのデスクやバイスやツールがM川氏以上に熱く語っているように思えた。
やはりこの部屋の圧巻は壁に掛かるバンブーロッドだろう。
私はと言えば、シーズン解禁前に各メーカーの新しいカタログを楽しみにしている部類で、目ぼしい新製品は取りあえず買ってみる。より良いツールを求めてと言う事なのだが、もちろん「当たり」もあれば「ハズレ」もある訳で、前者はこれからもずっと使い続けて行くであろうと容易に想像でき、後者はそのまま引き出しの奥でお眠りいただく事になる。
しかし、M川氏にしてみれば「同じ機能のツールをなぜ複数所有するのか?」と言う事になるのかも知れない。繰り返すタイイングに消耗をつづけるツールたちはしかし、「使い切って」買い替えるなどと言う事はちょっと考えられないのも確か。使えるものはとことん使うっていう意志の現れが見てとれる。

そんな実のぎっしりと詰まったような空間、M川氏の工房を辞して外に出ると、竿をあずけるにはまだちょっと早いかな?と思えるほどの抜けるような秋晴れが広がっていた。