其の二百十二  忘却の中の川
そもそも川の風景は平地より低くなっているところを水が流れているのだから、わりとどの川も似ているとも言える。
川を取り巻く集落や山などの景色がその土地それぞれにあるから、川の印象は川以外の風景で決まることが多いだろう。
ただそうは言ってもそこは川を舞台に闊歩する釣りを趣味にしているのだから、川の景色だけでもここがどこの川だとかどの流域だとかは当然わかってくる。
ひとつの川に限定するならば、あそこのプールの次には小さな滝があり、その次にはいつも釣れるポイントがある、というふうに。
風景の中の川は一番変わらないもののひとつなのかも。
通い慣れた川の区間なら、どこにポイントがあってどう攻めるかはお決まりコースのようになっている。
たまに予想外の場所で唐突に魚が出ることもあるが、王道ポイントは滅多に変わらない。そうなってくるとだんだん釣りの新鮮味が薄れてきそうでもある。
釣りは魚を釣るだけでなく、川を歩く楽しみもある。もちろんそれは、次のポイントへの期待が楽しみ感を増長している訳で。それが初めての川だと様子がわからない分だけ期待感はさらに加速する。

ある年、いつものように週末に釣りに出掛けた。いくつかの川を候補にあげて、その第一候補に向かった。
その川は毎年一回は釣りに入る川だったが、何回も入るという訳ではなかった。
広い川ほど周りの風景がその川の印象になる。
一年ぶりの川は多少砂の流入が見られたが、ほかは相変わらずの様子だった。この川も同じ場所から釣り始めるのでどこにどんなポイントがあって、というのが頭に入っている。
川を遡っていくたびに、記憶通りのポイントが現れる。ただ前回良い魚が釣れた場所で毎回釣れるかと言うと、なかなかそうはいかないのが現実だ。
むしろ訪れる度にだんだん良いポイントがだめになっていることが多い。それはポイントの環境が悪化したのか、それとも時期がずれているだけなのか。
不意に目の前に現れた見覚えのあるポイントで僕は困惑した。
それはこの川じゃない別の川にあるはずのポイントだったからだ。
どの川のどのポイント、というのは頭の中のストレージに保存しているつもりだ。間違ったデータで上書きした覚えなどなかったが・・・。
いやまてよ、ここはひょっとしてこの見覚えのあるポイントがある川なのか? 僕はずっと別の川だと思って釣っていたのに、実はその川ではない川で釣っていたのだろうか。
いや、そもそもそのふたつの川は実は同じ一本の川だったんじゃあないのか。
むしろ子供の頃に鮒釣りをした川を思い浮かべているのかも。
僕は細かく釣りの記録を残している訳じゃないので、頭の中にしかデータは存在しない。
頭の中のことだからきちっと線引きされている訳じゃないので、いろんな川の記憶が交差することはままある。
思い描く流れの景色が思っていた川とは別の川で現れたり、初めて入った川で見たことのある景色に出会って(これは既視感? それとも実は前に来たことがあるのか?)と混乱したり。
不確かな記憶の中にでもひとつだけ確かなことは、僕がどう思おうと間違いなく川は流れ続けている、ということだ。