其の二百十九  初釣り 最後の島へ
毎年恒例(にするつもりはないのだが)の初釣りを、今年も行かねばなるまいなあ。
一度行き出したら、途切れるといやな感じもするし、なにしろ正月のこの日は天気がよかった。
前回ソイを釣ったパターンをこれならイケると言うことで4本ばかし巻いてきた。
またまた近所の料金所から都市高速に乗り、30分後には島へ渡る橋の近くまで来ていた。
去年もこの島で初釣りをした。まずは様子のわかっている島で手堅く釣ろうと思ったのだ。
ポカポカ陽気ですが釣り日和かどうかは別。
島の地形は複雑に入りくんでいる。その途中にある漁港でまずは今年の第一投をすることにした。
数名の釣り人が防波堤の突端に陣取っている。かもめが真上を行ったり来たりしている。穏やかな陽気で風もない。
う〜ん、寒くないのはいいけどどうも雰囲気が違う。
防波堤から水面までがやたらある。どうも今は干潮に向かっているようだ。
全く潮も見ずに出てきたからなあ。
う〜む、釣れる気がしない。
あれだけ快晴だったのにいつの間にか雲が覆ってきた。
最初の港でいくらか粘ってみたが、小さい魚がちょっとフライを追っかけてくるだけだったので、移動することにした。
次の港に着くころには更に潮が引いていて、のぞいてはみたが竿を出さずにまた移動した。
快晴に勢いづいて気持ちが高揚していたが、少し焦りの気分がよぎった。
更に数ヶ所の港をつっついてみたが、魚影も見えなけりゃ釣り人もいなくなっていった。
ま、わからんじゃないかな。正月で干潮なら、そりゃおらんわ。
あっという間に雨雲が、そして雨が落ちてきた。
うむむ、釣りが成立しているかどうか?
この島の中でもけっこう大きめの港にやってきた。あれだけ快晴だったのに竿を出す頃にはすでに雨粒がライズリングのように水紋を作っていた。
釣り人は何人かはいたが、帰り支度をしていたり竿だけおいて車の中で待機していたりしていた。
陽射しがなくなり雨が落ちてくると急に冷え込む。フライを引くとメバルらしき魚影がスッと走ったが、すぐに離れていった。
ここに来るまで釣れないのは出掛ける時から予想がついていたような気がする。いや、予想ではない。すでに経験済みと言うべきだろうか。それは一年前の初釣りがそうだったからで、いつの間にか僕は一年前と同じ場所を辿って釣り歩いていた。
最後の橋を渡る。果たして・・・?
一年前と同じならあの時と同じ場所でアナハゼが釣れるはずだ。そう考えるとここまで釣れなかったのも同じだから逆に期待が持てる、とおかしな理屈で自分を納得させて次の場所へ向かった。
アナハゼポイントは干潮の潮止まりでどうにもならないような雰囲気に見えたが、一年前も確かそんな感じだった。
だが10分後には僕はラインを巻き取ってその場所をあとにした。フライを追ってくる魚の姿は一切見ることができなかった。
行き止まりの港。またいつの間にか雲は消え。
とうとう最後の橋まで来てしまった。ここを渡ればもうその先はない。渡った島の南端にある小さな港まで一気にきた。
防波堤には数名釣り人がいた。僕は反対側の防波堤の先端まで行って海をのぞいて動きが止まった。
防波堤の内側と外側の境目あたりにうじゃうじゃと魚が群れをなして泳いでいたのだ。
小さい魚も中くらいなのも、そして大きなスズキも悠々と泳いでいる。
今までさんざん魚のいない港で釣りをしていたのに、と思いながら、僕は心臓がドクドク音を立て始めるのを感じた。
島の夜の闇は海からやってくるような。
もう一度フライをキャスト。黒い魚は警戒する様子もなく群がってくる。
今度は少し様子をみた。するとどんどん魚が集まってきてフライの落ちた辺りは大きな黒いかたまりができてきた。そしてそのかたまりはどんどんふくれ上がっていた。
それはまるで夜の闇が海にぽっかり口を開けているかのようで、このままではそのかたまりに吸い込まれそうな気がした。
僕は急に怖くなり、ロッドをあげた。フライはついていなかった。
魚の群れのど真ん中へフライを投げ入れた。
すると小さな黒い魚たちがわっとフライに襲いかかった。僕はすぐにロッドをあおったが魚は釣れていなかった。
またフライを投げ入れる。今度も黒い魚が群がってきた。またあおる。すっぽ抜け。
魚が小さいからフライをくわえられないのか。中くらいの魚も大きなスズキも小さな黒い魚たちと僕との格闘にはまったく興味がないようで、ただ悠然と泳いでいるだけだった。
それにしてもこんなに魚がいるのに向かいの防波堤の人たちは全く違う場所へ仕掛けを投げている。この魚は釣れないということか、それとも彼らにはこの魚たちが見えていないのだろうか?
陽が傾き、辺りに薄く冷気が降りてきた。