其の二百二十三  彼方の島、霞む海
雨が降っている訳でもないし曇ってもいないし。晴れの予報は当たっているのだろう。それでも快晴ではないのは明らかだ。
風がないのはいいがだんだん暑くなってきた。僕はジャケットの下のダウンベストを脱いだ。さすがにちょっと着込みすぎた。
それにしてもタイミングが悪い。ちょうど今は満潮の潮止まりのど真ん中で、海にも生気を感じられない。
それでもフライを投げてみるが、およそ魚が釣れそうな気がしない。全くしない。
これは春霞? こないだまでの強力な寒波はどこへ?
今まで行った海の釣りで、今回が一番遠い島への釣行となった。
遠くへ行きゃ釣れる、となんとも安易な考えと、例によって方針ブレまくりのフライを持ってやってきた。
この遠くの島までやってきた効果を着いてすぐに目で確認できた。
釣り人がいない。唯一ひとりだけ、港の端で竿を出していた。
いつも初釣りで行く島ならこんな週末だとかなりの釣り人が防波堤に竿を並べている。
それがこんなに少ないと期待していいのか悪いのか。
魚影なし。またいつものパターンだなあ。
釣り人がいくら少なくても海の状況はまだ変わらない。
最初の漁港から少し離れた港へ行って見ることにした。この島は道路が狭くあまり車を停める場所がないので歩いて移動する。
島のスーパーマーケットを通り過ぎると、反対側からカップルの釣り師が歩いてきた。向こうから会釈をしてきたのでこちらも頭を下げた。
島の小さな町のスーパーの前でロッドを持った人たちが歩いてすれ違う様子はなんだか面白い。
二番目の港はかなり小さい。満潮は少し過ぎたはずだが、海にはまだあまり変化は見られなかった。
満潮の港。ひっそりと息を潜めているような。
ここにもひとりだけ釣り人がいた。僕は防波堤の内側で足下を探ってみた。
底の方に魚がゆらゆらしているのが見える。フライを落とすが魚は全く無視だ。それどころかフライが近くまで沈んでいくとパッと避けられてしまう。
何度か上げては沈め上げては沈めを繰り返していると、すぐ近くでポチャンと水音がした。もしやライズ、と音の方を見てみるとどうもそうではない。
どうやら最初から居た釣り人が釣った小さい魚を投げ入れたみたいだ。なんだ、なんだか感じ悪いな(  ̄っ ̄)
港に面した通りではなにやら地元の人たちが集まっていた。道路沿いに長イスを置いて座って話をしている。
僕もちょっと休憩するか。どうにも潮が動かなきゃ釣りにならない気がする。
テトラのすき間に落としてもやっぱりお留守です。
車に戻りおにぎりを食べているとこれまた地元の子供が何人かやってきて防波堤の先で花火をやり始めた。やれやれこれまた騒がしいな。まあ島のことだからほかに楽しみがあんまりないのは仕方ないかなあ。
静かな島に打ち上げ花火の音がやたら響いた。
それにしても海が霞んでいる。全くこれは春のようだ。
カモメが僕の頭上をひっきりなしに飛んでいる。カモメも餌を獲るのに潮が動くのを待っているのだろうか。
僕も第2ラウンドを開始しよう。そして海を見てその変化に驚いた。
水面は1mくらい下がっていた。そしてすごい勢いの水流が起こっている。
これは、まるで川の流れだ。
よく見るとさっきまでは全く見えなかった魚の姿が見える。そして水中でなにかを捕食しているのも確認できる。一気に魚たちの活性が上がってきたのがよくわかる。
僕はここはベイトフィッシュのフライで行こうと決めた。
ちょっと大きめだがタングステンのアイを付けた重めのフライを結び、焦る気持ちを押さえながらキャストした。
ポチョンと沈んだフライに1秒でメバルが食いついた。
初めてこのロッドが曲がったかもしれないσ(^_^;)
ゴゴゴっと音がした。引き潮で起こった流れの音だった。
港の目の前には隣の島があり、ここは狭い海峡になっている。
潮が下がるとこんな強い流れが起きるのはそのせいだろう。
その流れに逆らって泳ぐメバルが良く見える。
キャストしフライを沈めるとまたググッとロッドが曲がる。ロッドをあおると今度は外れてしまった。しかしベイトフィッシュフライは確実にメバルを誘っている。
もう一度キャスト。沈めてリトリーブすると大口を開けてメバルが追いかけてきた。
見えます見えます。今までどこにいたんですか。
勢い余ったメバルはフライを食い損なった。流れの中を泳ぐメバルたちは時折見えなくなったりまた現れたりを繰り返している。
またグッとロッドが引き込まれたがすぐ外れた。ちょっとフッキングに問題があるのか?
それにしても自分のフライにこれだけ反応があるのは初めてだ。
そしてまたヒット。今度はしっかりフッキングした。
これじゃあまるでフライフィッシングじゃないか、と僕は自分にそうつぶやいた。
いつの間にか霞みは晴れていた。また花火が港に響いた。
豪快な食いっぷり、おみそれしました。