其ノ二百五十五 強風の島と函館の人
カモメもバランスを取るのに必死です。
「なんか釣れたかね?」
「いや〜、まだなにも」
「そうか。そりゃあ、さえんね」
(ガクッ)
おばさんが連れていた柴犬もなんだか僕を哀れむような目で見ていた。そんな目で見んな( ̄^ ̄)
渓流の解禁を目前に控え、フライを巻き溜めていかなきゃあならないはずが、僕が巻いていたのはやっぱりメバルのフライだった。
snaphookを使ったフライの効果が本物なのかどうか、どうしてももう一度確かめたかった。
「風が強いですね」と僕が言うと
「こんなの強いうちに入らんよ」と漁船から降りてきたおじさんは言った。
そりゃそうか。本当に荒れた海を知らない僕は納得した。
おじさんは僕のロッドのガイドに掛けてあるフライを見て、
(ほほう)という顔をした。
どう? 釣れそうでしょ?
この日の島は前日の雨も上がり気持ちよく晴れていた。
だが、ロッドを振る気持ちを萎えさせるのに十分な強風が吹き荒れていた。
この快晴がもたらす風。はたしてフライは効いたのか?
ちょうど満潮の潮止まりの時間帯だったので車に入って昼飯にした。風は北東から吹いてきているようだ。
おにぎりを食べながらこの島の地形をiPhoneで確認した。海岸線はずっと北側を向いていて南側には道路がない。
風を受けにくい南側に面した内湾は、今居る場所から見える対岸の島にならある。橋を渡って来た道を戻るだけだから、そこへ行くのはたやすい。
しかしこの日は何本もの橋を渡り繋いでやってきたこの突端の島で、渓流の準備もほっといてsnaphookの効果を確かめるのだという気持ちがある。引くに引けない事情があるのだ。
とは言え釣らないと話しにならない。少しでも風の影響を受けにくい場所を探して移動することにした。
迷わずがっつり食ってます。
ゴーゴーと風が音を立てている。キャストはできなくはないがそのあとのラインが問題だ。
ラインが風にあおられると、思ったアクションでフライを動かす事がむずかしくなる。
僕が思う以上のスピードでフライがラインに引っ張られ、ゆっくり浮上させるつもりがとっくに水面まで上がってきてしまう。
何本かの防波堤を探り歩いたが魚影も見当たらず、ほかに数名いる釣り人たちも釣れている様子は見られなかった。
ワッと僕の目の前をカモメが飛び過ぎていった。
どうやら・・・、イケそうな気がしてきました。
透明度は悪くない。魚がいないのが良く見える。
隣の港へ行くと短い小さな二本の防波堤はすでに数名の釣り人が竿を出していて、入れそうになかった。
更にもうひとつ隣、この島の最後の港に行った。ここには釣り人がひとり。僕は車を停めすぐにロッドを持って防波堤へ向かった。
風はやはり強くさえぎるもののない防波堤の突端は無抵抗に強風に吹きさらされるしかない。最初からいる釣り人は微動だにせず竿先を見ている。すぐそばにはおこぼれの魚を狙ってか、サギが一羽佇んでいた。
僕もフライを投げてみるが追ってくる魚影はない。しばらく防波堤を行ったり来たりしつつフライを投げていると不意にフライを追う魚が見えた。
釣れた理由を釣れてから考える事はあまりしないのです。
突然北島三郎の歌が小さな漁村に響き渡った。そのせいではないだろうが、フライを追ってきた魚は逃げてしまった。
魚がいることはわかったが、単発的な追いだったのか。目をこらしてよく見てみると防波堤が直角に折れ曲がったその内側、なにやらゴミのようにたくさんのものが浮遊している。
ゴミではない、メバルの群れだ。
群れているメバルに向けてフライを投げれば必ず釣れるのか? ダメなフライならいくらたくさんメバルがいてもやっぱり釣れないのでは? と、僕は0.5秒だけ迷ってフライを投げた。
次はどの曲にしようか、なんて考えてないですが。
北島三郎は島の移動販売車が鳴らしていた。来たという合図のようだ。
サブちゃんの函館の人を聞きながらキャスト。フライは群れをまたいで着水。リトリーブするとすぐに重たくなった。
港では販売車のまわりに人だかりができてきた。僕はそれをちらっと見ながらキャスト。
フライにアクションを加えると、三匹くらいの魚影が同時にうねった。何匹もが食い争っている。
もはや風は関係なくなった。
サブちゃんは高らかにこぶしをまわしていた。