アテが外れた。
カンタンにゴギを釣ってやろうと、目星をつけていた薮沢で空振り。ウンともスンとも言わなかった。
(ヤバッ、今日だけはボウズは御免だ。・・・、あ、アセル。)

薮薮の支流を後戻りする。朝の湿気が沢にこもり、汗びっしょりだ。こういう時の後戻りって、倍疲れる。のっけから無駄にエネルギーを消耗してしまった。 ヤバイわー。
地形の影響か、この季節決まってこの上空に夏雲が浮く。
ようやく本筋の川まで降りた。こりゃ内蔵脂肪もかなり燃焼できたことだろうよ。 ちょっと休憩。
しかし、本筋の流れで果たしてヤマメが釣れるだろうか? 支流の沢ならゴギが期待できる(はずだった)が、この時期本筋での釣りはかなり厳しい。

とは言え、さっきまでの這いつくばって進まなければならない状況から考えるとこっちは天国だ。ちゃんと背筋を伸ばして立てれるし、キャスティングもフォルスキャストだって出来ちゃう。
(それが普通か?)
水はきっちり季節の移ろいを写し出す。
沢よりは風が通る。気温もこっちの方が断然過ごしやすい。ロッドもちゃんと振れて、ラインが延びて行くのが気持ち良い。ただ蝉は神経に障るくらいにうるさいが。
ふと赤い影が走った。気のせいか?

しかし今日もし釣れなかったらどうしようか? 仲間内には行かなかった事にすればいいか。
でもそれで自分は納得できるのか? 元来フライフィッシングをする輩は自分大好き人間なので(私だけ?)、自分が納得出来ないで落ち着いてなんかいられようものか。 こうなったら持てる全てを総動員して、一匹釣るぞ(う、プレッシャー)。

「!」 なんのまえぶれもなく魚が出た。フライはまだ浮いている。また出て今度はフッキング。小さいヤマメがそれでもロッドを絞り込み、水中でパーマークが見える。でもこのサイズじゃ釣ったうちには数えられん・・と思ったらバレた。
流れを渡り落ち込みを越え、お、あそこのポイントは・・、って感じ?
カメラは写真を記し、手帳は文字を記し、ロッドは魚を記す。
この季節、ストーンフライは元気なようです。
ライズ発見っ! 夏のライズはなんか特別なモノのような気がしてならない。
しかし、ライズするような流下物があるようには見えないのだが、それでもしきりに派手なライズをしている。なんかどっちかというと、ライズするのが好きなのかねぇ、このこ。
当然満を持してキャストするが、反応なし。何回か粘ってみるがダメそうなのでそこはパスして上流へ歩く。するとライズの主がゆらりと現れて、下流へ泳ぎながら私を横目で見て行った。
(ま、目が横っちょについとるんだから、横目は得意だわな)

でもこの季節まで幾多の苦難を乗り越えて生き長らえた渓魚たちは、きっと一筋縄では行かないのは考えてみれば当たり前の事なのだろう。
そもそもそれこそが、夏のライズの特殊性の裏付けでもあるのだし。
赤トンボはなぜかロッドティップに止まりたがる。 バッタさん、空とボンネット、間違えてます。そっちに向かって飛べません。
だいたいこの日は山はちょっとくらいは涼しいのでは、と期待していた。
しかし、まだまだそんなキモチ良さをカンタンに味合わせてもらえるほど、地球温暖化はアマクない。
でもナンかヤバイなーって思うのは環境よりも自分の体力の方だったりして。
実際暑さでバテたー。

えてして8月下旬よりも9月に入ってからの方が暑くなったりもするのだが、水温は明らかにその冷たさを取り戻しつつある。だったらもっとヤマメも元気になっているはずなのだが。
ミドリのプール。木々の葉を写してなお青く。
また赤い影が視界を掠める。
それが赤とんぼだと気付いた辺りからようやく涼やかな風が吹き始めた。
赤とんぼが飛ぶ分だけは秋に近づいているようで、それは人間よりも虫や魚の方が間違いなく敏感だ。

ふとそれまで頭の上でうるさいくらいだった蝉の鳴き声が遠のいた。すると急にクマよけの鈴の音が大きく際立ち、それはまるでようやくの夏の終わりを知らせているように思えた。

秋をまとったヤマメが飛び出した。
まだまだ残暑は続き、木漏れ日の中、帰路につく。