第八話 ”夏の武装”
ここ何年か、釣り師の夏の武装は七フィート以下のショートロッドだとかテレストリアルパターンのフライだけでなく(よりも)気象条件とそれによる好条件での釣行如何の方に重きを置く傾向が強い。
そして来ましたねぇ、最後の最後で釣り師にとっての恵みの雨。こんな雨を期待しないと八月の釣りが成り立たないっていうのも寂しい限りなんだけど、とにもかくにもスクランブル体制に入る事にします。
朝の斜光が山々の稜線を浮かび上がらせる。
雷を合図にホームページのアメダスで降水量をチェック。レーダー画面による降水範囲から更にきめ細かいエリアごとの増水加減を推測する。
実は数日前キャンプに行っていたのでキャンプ地近辺の川の状況はわかっていた。ここ最近の雨の影響はほとんど無いに等しく竿も出したが見事に空振りだった。
今回は比較的降水の多めのエリアを選らんでの釣行だからキャンプのついでとは訳が違う(?)
今回のお供はCONTAX。
目的の川に着いたのはまだ朝のうちだったが、すでにあたりはすっかり明るい。湿度のこもったような川辺で釣り支度をしているとすでにじわっと汗が出てくる。
水位は思ったほど増えてはいなかったが、この季節に渇水でない平水の川で釣りが出来るのなら御の字だろう。あとは時間の勝負で、日が高く登りきらないうちにある程度の釣果を上げないと、渓魚の反応は時間を追うほどに鈍くなるのは目に見えている。
いそげいそげっ! ああ、リーダーがほどき損なってもつれたっ!!
この夏お決まりの黒のソラックスパターンを結ぶ。テレストリアルパターンでありながらソラックスのシルエットを意識した毛ばりで、ハックルはちょい厚め、浮力はパラシュートよりもかなりある。
クモの巣でいくつなくしたかわからないが、それでも夏はこのパターンを最初に結ぶ。自分にとってのまさに"夏の武装"なわけだ。
で、自慢のフライで早速一匹目。
流れの岩へのぶっつけ脇のたるみで出たが、かなり渋いポイントを丹念に攻めないと、散々突っつき回されただろうこの川で数を見るのはちょっとやそっとじゃ行かないはずだ。
丹念に、そして迅速に。スレた相手を日が高くなる前に一匹でも多く釣っておかなきゃ。
そして、問題のポイントにさしかかる。
誰がどう考えたって絶好のポイント。なんとなくキャストしてどかーんとでかいのが出てどひゃーって空振りする経験は、フライフィッシングを10年やってて10回はあるだろう。で、11回目をやってしまいました。アマゴ色の大根がとびだしたのかと思った。今のシーンもう一回お願いしますってディレクターにお願いしたい。どこにいるの?
そのあと昼までにそこそこ数は釣ったけどあいつを逃した事が尾を引いている。もっと丁寧に慎重に攻めるべきだったなぁ。
釣れたらもう有頂天で帰れたのに。
もう一度チャレンジするか? 次にこの川に来たらもっと丹念に、そして迅速に。
そう、急がないと今シーズンもあと少しで終わってしまうんだから。
延び放題の夏草を揺らす風は秋の気配が混じる。