失敗した、と思った。 増水狙いだったのだから当たり前だが、増水している。おまけに小雨も落ち出した。 カッパをはおり、張り出した木の枝をくぐるように河原を歩くと、黄金虫がたくさん落ちている。水際の木の枝の下にこいつを待っているヤツがいる。 霧に煙る上流へ。しかし、二日あとだったら絶好の水位だったろうに。 失敗した、と思った。

ああ、気持ちいい、と言ったとか言わないとか。

それでも釣りをしに来たのだ。しない訳には行かない。濁流となっている区間は飛ばして、ナントカ釣りになりそうな場所まで歩いた。 ここなら魚が避難しているっていうような緩い流れに一歩踏み出してキャストすると、不意に鳥が飛んできた。鳥が目の前の岩に止まるのとフライに魚が出るのが同時だった。鳥がびっくりして飛び立つのと私がびっくりして竿をあおるのも同時だった。しかし、それはフッキングにあらず、毛ばりは遥か上方の枝を釣り、魚は水面で2回跳ねて驚いたように逃げて行った。果たして一番驚いたのは鳥か私か魚か？ でも手応えあり！　何か今の空振りで流れに乗ったような気がした。「イケルのか？」

しっとりと降る雨に潤う谷。

増水していると普段ポイントじゃない所がポイントになっている。 良い感じの廊下状の流れに毛ばりを落とすと水中でぐるぐるっと魚影が動いた。しかし見切られたようだ。 そのまま流すと水面に出ている石の裏に回り込んだ。石の下流側に毛ばりが出てくるのを待つと出て来ない。「沈んだか？」と竿をあおるとぐんとして動かない。「引っ掛かったか？」と更に竿をあおるとぐぐんと手応えを残して軽くなった。

ぬるっともち肌のヤマメ。

「掛かってたんじゃンか！」　う〜っ残念。まあ、しょうがない。次、次。 やはりユルげな流れに投げると「シュバッ」って音が聞こえてきそうな早さで魚が飛びついた。今度は逃さない、しっかり合わせてキャッチした。増水の川らしい色目（ってどんなん？）のヤマメだ。リリースするとあわてて逃げようとしたのか、私のシューズにごつんごつんと当たってくる。 笑ってしまった。

陽が射してきた。暑くなりそうだ。

足を痛めていた。付け根の噛み合いが悪いようで首から来ているようなのだが、立ち座りや車の乗り降りが辛い。整形外科に通院しているが目に見えての回復はまだない。ただ、昨日の治療で少し良い感じかな？って思ったし、部屋でごろごろしていても体に良いとは思えず、出掛けてきた。 釣りに来たのならまずは釣りだ。 そしてこの瑞々しさ、この川風、雨も止み陽が射してきた。治癒を促すような気がするのは気のせいだけじゃないように思えてならない。きっとそう思える事が肝要か？

グァバッと魚が毛ばりに覆いかぶさるように食いつく。「でかいっ！」っと咄嗟に合わせるとピシャッと魚が跳ねた。「ピシャッ？」 おい、ちょっとマテ。でかかったろ？　なのにネットですくったヤマメはすくう必要がない。でかいのが出たのにフッキングしたのは小さいじゃんか！　いつ入れ替わったのさ？ （ヘッド＆テイルはでかく見えるもんよ）　ん？あんた誰？ 木の枝の覆いかぶさるポイント。しゃがんだ姿勢でキャストすると、一発でアタック。しゃがんだままロッドを後方に引くようにフッキングするとこんどこそ重い手応え。更にしゃがんだままファイトする。思うように引き寄せられない。するとふっとロッドが軽くなり、しゃがんだままバレた。

どうよ！　このポイント。

ばたばたっとしゃがんだまま後ずさり。水飛沫にかなり濡れたがなんのこれしき。なんだかもう止まらない。袖を絞ってまくり上げ、次だ。 ただあんまり調子にのるなよ。気ならないからと言って好きなようにやってると、痛めた右足が悪化するぞ。　 ん？ちょっとまて。左足でしょ？　あれっ？　どっちだっけ？？

ワイドゲープライツロイヤル。フッキング性は言う事なし。

たっぷりとした水量のプール。いないはずはないが、どこだ？　目を凝らし感じ取る。右手の岸際の弛みが目に止まった。まよわずそこへキャスト。いっぱつだった。 大きくロッドが曲がった。　「！」 意外なほど強い引きに後方に重心を掛けて耐えると、プッっと手応えが絶えた。 バランスの片方をなくし、そのままシリモチをついた。といっても水深がある。ざぶっと水に浸かり、ウエーダーの上端から水が入ってきた。

ああもうびしょ濡れじゃないか。でもフシギと気持ちいい。 なぜかまた笑いが込み上げてくる。 「でかかったな、ケッ。まあ、今日はこのくらいで勘弁してやらぁ」 って勘弁してもらったのはこっちかな？

がっつりいきました。