面白いものでこれだけ季節に密着した時間を過ごすことが多いのに、木々の芽吹きや山の花々や風の温度・匂いだけでなく、もっとほかに移りゆく季節を色濃く感じるものがあった。
ペースト状のフロータントやシンク剤がそれで、解禁当初チューブを押さないと出てこなかったペーストが、この時期気温の上昇とともに粘度がかなり落ちてゆるゆるになり、それまでの感覚で押し出すと出過ぎる事になる。
ペーストのゆるくなるこの季節、竹竿をたずさえて新緑をまとった県北エリアへと車を走らせた。
新緑をまとった木々。躍動の季節の到来。
今シーズン一番早い到着時間(といっても9時だが)水の冷たさとバランスが取れていないような陽射しと気温。ウェーダーを通して伝わる水温は「ニンフをムスベ」と言うが、フィールドシャツに当たる陽光の輻射熱は「ドライでイケル」とささやく。夕べのうちに6Xのリーダーをつけていたので重いニンフはためらわれ、まずは輻射熱の意見を採用した。
およそゴールデンウィークの序盤とは思えない水温に面食らったが、これも山の地中にしみ込んだ雪解け水が徐々に川へ供給されているという、この冬の雪の多さを裏付けていることにほかならない。
だが前日の好天を考えてもここはドライフライで無理はないはず。前回好調だったクイルボディのパラシュートを投じるとすかさず一匹目が飛びついてきた。
若干増水気味の妙。
往々にしてある、大物のゆっくりと背中を見せてフライをくわえ込むような出方をこの川の小物はする。
輻射熱の意見は正解で、乗る乗らないにかかわらずここぞと思うポイントでは必ずアマゴが出た。何を食べたのかプリプリに太った魚体は、そのサイズに似合わない強い引きを見せてくれる。ばたばたっと釣ってようやく落ち付いた頃、頭上の陽射しは更に強くなり、ちらほらと水生昆虫も翔び始めた。
この時間、まだその程度だったのだが・・・。
くっきりと映えるパーマーク。
ある細い流れでライズを見つけた。どうしてもライズとなると気合いが入り、フライを交換はしないが結び目やティペットの具合をチェックし直す。しかし2度3度流しても反応しない。僅かにレーンを外しているようで、4度目にようやくレーンに乗った。するとあっけなく派手な水飛沫を上げて飛びついてきた。やはり出方に似合わないサイズだが、ライズを獲るのは特別な達成感がある。
ふと上流に目を向けると同じ場所でまたライズしている。と、その手前でも。どういうことか? この区間にまとめて放流でもしたのか? とにかく放ってはおけない。その2つのライズを片づけた。するとまた少し上手でライズ! この場所は一体? そこへ近づこうと移動しようとしたら自分のすぐ横でもライズした。これじゃぁもう動けないではないか。ロールキャストするロッドの先端よりも近いところでライズするのだ。
ひとつだけ釣りの神様に注文をつけるなら、せめてもう少しサイズをどうにかして欲しいと思うのはワガママ?傲慢?いや正当??
ここのアマゴは朱点が際立つ。 呆れるくらいライズの止まない流れ。
いいい加減ライズ区間に見切りをつけ、次のポイントへと移動した。そこは打って変わって反応がない。先程の場所と一見そうは変わらないようなのに何が違うと言うのか。
と、「!」 ピンと来た。「いるなっ!」 先程さんざんライズしまくったチビアマゴを寄せつけないようなヤツがこのポイントには潜んでいる。ああ、いかん。釣り慣れないでかいのがかかって、水面近くでもんどりうってバレた経験はかなりある。そんなシーンまでイメージすることはないのだ。
ライズはないが慎重にフライやティペットをチェックし、ポイントのど真ん中へキャストした。すると背中だけ見てすぐ二回りは違うとわかるヤツが出た。全く予想どおりだ! しっかりフッキングし、この日使っているバンブーロッドでは初めて味わう大物の手応えが伝わってくる。
しかしっ!! 予想どおりなのは大物の気配だけではなかった。ヤツが水面で暴れた拍子のリバウンドでラインが緩み、そして・・・。
ザッと風が吹き、周りを翔ぶものに思わず手を止めた。前方にはこのあたりでは有名な桜の古木が満開少し過ぎの散り始めの姿で鎮座ましましていた。川筋を通る風に乗って花びらが宙を舞う。

かなり数を釣ったのに痛恨のバラシで意気消沈となった。一旦車まで戻ったが時刻はまだ昼前で、長く感じたのは釣りの密度の濃さゆえに、だった。
少し移動して気分一新で釣り始めたがちょうど真っ昼間の一番反応の鈍る時間帯になり、朝からの勢いもバラシを境に完全に寸断されてしまった。
時間は早いが今日はここらで切り上げようかと思った時、目の前を「あの虫」が翔びすぎていった。
さすがに桜吹雪の花びらにはライズしませんでした。
下流へ移動し以前に入った事のある流程に降りた。頭上の陽射しは容赦なく降り注ぎ、魚でなくたっていやでも動きが鈍りそうだ。少し釣り上がったが全く反応がない。
低い落差の滝のある中規模のプールに来た時、にわかにざわつく感覚をおぼえた。それまで気がつかなかった虫の飛翔がみるみる増えていき、ついにはプールの開きでライズを見つけた。よく見ると虫が盛んに水面に着水してバタついていて、それにライズしているようだ。虫は複葉機のような翅ですぐカワゲラとわかったが、なにを水面でバタバタしているのかと思えば、着水と同時に次々と水中に粉みたいなものをばらまいているのが見えた。そう、産卵なのだ。
スーパーダイビングの正体はオナシカワゲラだった。
ハックルの下にコック・デ・レオンでウィングをあしらったパターン。
褐色のカワゲラに合わせてフライを結び直し、キャストした。レーンを外すと無視されるが、レーンに乗ったらいっぱつだった。やはりサイズは小さいが、大場所でのやりとりは十分な手応えで、そのあともうひとつライズを獲った。
最後にエキサイティングな釣りが出来、気持ち良く帰ることが出来る。カワゲラの産卵はまだ続いているが、竿をたたんで車に戻ろうとした。

ふとなんと言う訳でもなくプールを振り返ると、またしても同じ場所でライズしている。カワゲラの飛翔も更に増えているようだ。あのねもう帰るんだからね(?)と思いながらも私はもう一度竿を継いだ。
この日の釣果の半分はライズだった。