五月連休は休みがたくさんあるわりに、そんなには釣りに出掛けないのが常だった。帰省やキャンプとなにかとせわしないのが連休の宿命とも言えたからなのだが、今年は連休の真ん中がぽっかりスケジュールが空いたので、「そりゃきっと行けっちゅーことだなす」とどこぞの方言かもわからん囁きが聞こえるのは空耳でもなんでもいいから行くぞってか。
ああしかし、五月ってこんなに暑かったっけっか? 朝はまだしも10時にゃじんわりと汗ばみ、ブヨがうるさくまとわりつく。皐月と書いて「サワヤカ」とは読めねぇなぁ。
花で溢れる山里。色と香りに埋もれてしまいそうだ。
連岸壁に沿うように、きっとけもの道があるのだろうけど、黒くて丸いのが走って行くのが見えた。あらま、子グマさんだぁねぇ。親がいちゃぁやばいンで逃げるように急ぐ。でもポイントにはしっかり投げてかかってばれて。
朝のうちからばたばたっと釣れはしたけどちっちゃいッス。今年は小さいのがやたら数釣れるパターンが多い。もうそろそろ数はいいからここいらでどっかーんといい型が出ンかねぇ。
決して小さいのが釣れるのがいやな訳はなくて、解禁一回目の一匹目なんて18cmくらいの一目見て放流魚とわかるヤツが釣れて大喜びだった。
ただね、やっぱりメリハリがないとね。ずっとそんなんじゃ刺激がないでしょ。ああ、釣りって人生を写す鏡だなぁ。なんて陽気のせいで訳のわからんこと考えてしまうのもこの時期の常です(いや違うでしょ)。
しかしこのままこの日の釣りを終わるのにはかなり物足りない。どうするか?
ふと思い出した。いや、違う。きっとこの日の釣りはそれが目的だったはず。
何年前だったか、当時釣り仲間うちで囁かれていたナゾの「滝」。偶然テレビ中継の空撮に映し出されたその滝は地図への記載はなかった。近辺の水系を辿っても滝の存在は確認ができず、きっととんでもない釣りが出来るのではと盛り上がるだけ盛り上がって、結局誰も行くに至っていない。私もかなりそれと思われるエリア周辺をリサーチしてみて、地元の人にそれが「Y滝」と呼ばれていることは突き止めた。そしてかなり近い所まで道なき山中をさ迷い、滝の音を確かに聞いたのだが時間切れに涙を飲んだ。そうこうするうちにいつの間にか噂も熱も立ち消えになってしまっていた、その「滝」へ。
薄れかけた記憶を辿って車を走らせた。時刻は正午をまわり、前回同様時間切れになる可能性もあった。しかし、一旦こうと決めたら行かないと気が済まなくなった。
確かこの辺り・・と思い出しながらとろとろ走っていると思い掛けないものが目に入った。新しい林道である。以前来た時には無かったものだ。「まさかこの道が?」と思ったがダメもとで入ってみる事にした。長い林道を下るとしかし行き止まりの標識とそこに停る4WD車が見えた。
そして私は確信した。「音」が聞こえる。
Y滝があるはずのエリア。確かに音が聞こえるのだが。
4WD車が釣り師かどうかはわからないが行ってみるしかない。行き止まり地点からうっすら残る山の斜面を下る踏み跡をたどって音の方向へ進んだ。
まだ春浅い山だから木々の枝葉が伸びていないのが幸いだった。薮こぎというほどの障害はなく林間をゆっくりと下る。
30分も下っただろうか? 木々のすき間から白いものがちらちらし始めた。少し前からそれに気づいていたが、はっきり見えるまで歩を停めなかった。そして、轟く水音とともについにY滝の全容が姿を現した。まだかなり距離があるが、その落差と滝つぼプールの大きさは想像をしのぐものだった。
確かにY滝は存在したのだ。複雑な水系がその存在をベールに包んでいたが(少なくとも私に対しては、だが)、はっきり目の前にそれを見てにわかには現実感が沸いてこないくらいだった。
ついに全貌を現したY滝。
目前のY滝。圧巻である。 滝つぼプールにかかる虹。
滝つぼプールの岸辺近くまで降りると岩陰でカップルがお弁当を食べていた。4WDの人だろうけど釣り人でないとすぐわかったが、この滝を知っていて斜面を下ってきたのだろうか? 私は会釈をしてプールに向かった。時刻午後一時、先行者なし。青々と水をたたえたプールに滝の落下の水飛沫で虹がかかっていた。辺りにはごみ一つ落ちていず、なにか清浄の象徴というか神秘さすら感じる。滝イコール修行僧の荒行なんて古くさいイメージがあるからだろうか? 
早速ドライフライを投じる。とらえ所のない巨大なプールだがすぐにチビオイカワが突っついてきた。そのまま放っておくとくわえきれない毛ばりは吐き出されまた水面を漂った。ふと、気配を感じた。いや、気のせいか?
突如滝の落下地点のすぐ下流で何かが翔んだ。銀色の砲弾のようなそれは紛れもないアマゴだが、ライズではない。「翔んだ」のだ。それはいましがた感じた気配とは違ったが、これで攻めるポイントは決まった。
ぎりぎり届く距離で、なんとかドライを落とせたがすぐ流される。着水直後からドラグがかかる始末だ。何度か流すうちはやくもあきらめムードになってきた。こんな大場所で、明らかに水面の何かに対してのライズと言う訳でもないのだし。ああ、それならと、苦しい時のB.B.ニンフを取り出した。
伝家の宝刀、ブロードバンドニンフ。
フライを替えてキャストしたがマーカーだけが流さている間はまだ水中のニンフには期待が持てそうな気がしたが、これは釣り手側の勝手な想像だ。 と、視界の端に何か動くものが映った。にわかに圧力みたいなものを感じ始めたその時、水面を割って何かが躍り出た!
鯉だった。5〜60cmはあるだろうか、一旦水中に消えたかと思うと今度はテールウォークをしながらこっちに向かってくる。まるで「ここから立ち去れ」と言わんばかりに。少し経ってまたテールウォークだ。実に派手である。「もうわかったっちゅーんじゃ。あんたはでかいよ、はいはい。」と突っ張って言ってはみるがこれだけの巨体が水面で暴れているとかなりの迫力だ。だがこの滝の存在同様現実味がないというか真っ昼間に夢を見ているようだ。しかし、なにか忘れているような・・・、ん?マーカーがない。
よもやこの状況でと思ったが、合わすとずっしり重い手応えが返ってきた。これも夢では?と思ったがプールの底へ底へともがく手応えで頬をつねる必要がない。そして徐々に水面近くに上がってきてぎらりと光った魚体は紛れもない先程の砲弾アマゴだった。

全く文字通り白昼夢のようなこの空間、この出来事。リリースするとまっすぐ水底へ向かって降りて行ったアマゴを見送り、この滝つぼの主と呼ぶには小さいか? やっぱりここの主はあの鯉かな、などと考えながら私はY滝を辞した。
ニンフで引きずり出したY滝のアマゴ。