一年ぶりのK氏との釣行は五月中旬の週末だった。
今年のK氏はすでに尺を超える大物を2本も上げていて、もはや余裕のシーズンを過ごしている、と私は思っていた。しかし、この日の釣行で決してそうではないようだ、と気がついた。
躍り出る渓魚に胸躍らされるのは釣り人か?
連休以降よく雨が降り、コンディションには期待が持てる。早めの川への到着は入渓ポイントの選定にも余裕を生む算段だったのだが、最初の目当てのポイントには釣り師らしき車が停っていた。
私とK氏はその下流区間で一旦ロッドを振ったが思うような反応もなく、場所を変えてみる事にした。
この川を外したことは私もだが、K氏もさして気にはしていないようだ。どのみち彼にとっては余裕のシーズンなんだし。心穏やかでいられなくなる事なんて、にわかには考えにくい。
背後の水飛沫も気にしない。K氏である。
次の川は増水時の必中の川だ。思ったほどの増水ではないにしろ、十分期待が持てる。
K氏は今年この川ですでに良型を手にしているし昨年は尺アマゴも釣っている。決して渓相の抜きんでた川ではないが、一旦増水すると豹変する。一体どこに隠れていたのか? というような大型のゴギやアマゴが毛ばりを引ったくるように躍り出る。もちろんこの日もそれを期待しての入渓だ。
そして満を持して最初のプールへ降りて行くと思いもよらない光景が飛び込んできた。
この日のもうひとつの主役はこの虫だった。
プールに突如出現する黄色の三角形。その大きさはこの時期よく目にするマエグロヒメフタオカゲロウの比ではない。重そうなボディを引きずるようにぱたぱたと翔ぶ個体もいくつも見える。
間違いない、モンカゲロウだ。
単独で翔んでいる様子しか見た事のない私はラインを繰り出す事も忘れてまんじりと見入ってしまった。
そのプールに同時に何匹もっていう事はなかったが、切れ目なく出現しては飛び立ちを繰り返す様はただただ圧倒される。
水面に縦方向にこれだけあると目立たない訳がない。
初めて見る光景に夢中でファインダーをのぞく私とは対象的に、K氏は冷ややかだった。モンカゲロウのダンの流下を捕食するライズは頻繁ではない。ならば水面下のイマージャー的な状態へのライズとなるのか? 突如水面に現れるダンを見ると、明らかにその前段階のほうが魚の目につくという、釣り人の想像も見当はずれではないだろう。
いくつかライズはある。しかし、ドライフライへの反応はない。K氏は苛立ちを隠せなかった。
リリースした魚を見送る。
K氏の寄せに抗える魚はいないのか?
モンカゲロウのハッチはピークに達しているらしく、プールの水深のある場所だけでなくもっと上流の瀬からも流れて来ているようだ。そしてついには足元からもぱたぱたとダンが飛び立つようになってきた。

プールの流れ込みではまだK氏がライズと対峙している。もはや前日までのシーズン前半の絶好調を保持し、釣果預金にたんまりとため込んた釣り師の余裕などなんの意味も成さないと言った風で、険しい表情が見て取れる。
K氏のガイドで私が釣った今年の初ゴギ。
スティルボーン。脱皮殻は翅についていた。 多くの釣り人を惑わす黄色い飛翔。
私はと言えばまだロッドを置いたままで、ファインダーをのぞいている。この状況でそんな事をしているようじゃぁ、毛ばりの釣り師としてはどうなのか? という声が聞こえてきそうだ。せめて大型のニンフを投じるくらいはしてみるべきだったと、これは後日思ったことだが。
モンカゲロウはまだハッチし続けているがライズの方は止まってしまった。

結局その日の釣りはその日だけのもので、例え前の週に尺ものを釣っていてもそれはそれ。
K氏にとってのこの日のモンカゲロウのハッチとライズは、果たして今年の好調な釣果の勢いに水を差す結果となったのだろうか?

・・・数日後、K氏より今年三匹目の尺ゴギの写真が送られてきた。モンカゲロウの日の憂さ晴らしだとでも言わんばかりに。
更なる上流を目指すK氏。