五月中の台風は初めての経験だった。
週末に最接近しても台風一過となればスカッと晴れるかと思いきや、周辺の低気圧を刺激してぐずついた空模様は日曜日にまでずれ込んだ。

それでもなにかしらまとまった雨の恩恵を受けられそうな気がして、いまだ小雨の止まない市内を抜けて高速道路に乗ってしまう。
雨と水位を見ながらの釣行、いつの間にかもうそんな季節になっていた。
しっとりと降りてくる霧に色も音も吸い込まれるようで・・・。
目的の川に着くとやはりというか、雨は止んでおらず、川の増水も予想以上だった。増水なら当てがある。いつもは水のない川もこういう状況でなら復活する。
更に細い道を上流へ向かい、もはや釣りの出来そうもない細流の分岐まで来た。ここからがこの日の釣りの始まりだ。
今年絶好調のM川ロッドも今回はそぼ降る雨に押し込められたまま。
5X8ftのリーダーに#10のカディスを結び、細流とは言え増水で荒れる流れにいざ、入渓!
しかし流れは思ったよりも強く、岸辺を歩けない所では足下が頼りない。一投目でゴギらしき魚影が身をくねらせたが食うまでには至らず、その後の反応はない。
この細流は入り口でその細さをアピールし、釣り人を寄せつけない。しかし実は奥に入ると意外なほどに開けてくる。そして釣りが不可能な水量もこの日の増水加減なら生き返る、と踏んでの入渓だ。
しばらく遡るとぽっかりと不自然なくらいの空間が口を開けている。くくっと心臓が締めつけられるような緊張が走った。こりゃぁとんでもない釣りが出来るかも知れないと、期待だけが暴走を始めたようだ。
奥の区間の第1投で早速ゴギが飛び出た。果たして期待通りかそれ以上か??
細流の入り口。奥まるほどに広がる空間。
一匹目は水面でもがくだけもがいた揚げ句にバレた。結局こいつがこの日一番手応えのある魚だったのだが・・。
その後も反応はあるにはあるのだが、どうも食いが浅い。増水の影響が捕食にもあるのだろうか? 
欲を言えばもう半日あとだったら水位も食いも申し分なかったのかも知れないが、ここまで来てそんなことは言ってられない。更に上流へ。果たしてこの日の水位ではこの先どこまで釣りが可能になっているのだろうか?
雨の中で釣れるゴギはしっとりした(?)雰囲気。
ぼつりぽつりとゴギが釣れ始めたのはしばらく釣り上がってからだったが、この日の水位のせいか季節が早いのか、もうひとつしゃきっとしない釣りだった。深い谷は枝葉が傘の代わりをしてくれるが雨はまだ止んではいない。雨具の中は慣れない歩きで蒸してきているし、フードが視界を遮るのも具合が悪い。
それでもポイントはまだ続いている。すでにもう来た事のない所まで来ている。そろそろ戻ろうかと思うのだが、次のポイントが見えてしまうと、そこまでと釣りを続けるのだが、するとまたその先が・・。
平水ならこんな流れは見るべくもない。
水位の減少にはばまれるよりも先に周りの潅木が川を覆い尽くす方が早かった。こんな奥まで釣りが可能だったのも増水していればこそだったが、思ったほどの(ゴギ天国を想像していた!)釣果ではなかった。
川沿いの山道を辿って車まで戻る道すがら、ふと雨が止んでいるのに気がついた。いつのまにか霧も晴れて明るくなっている。釣りが終わってようやくか、と苦々しく思いながらカッパのフードを取ると一気に視界が広がりいくらか気分も晴れ晴れとしてきた。

「せっかくだからもう少し釣ろうかなぁ」と合流点より下流へ向かってみた。支流であれだけの増水なんだから当然だろうが、本筋はもう通して歩ける状態ではなかった。それでも魚が避難していそうなゆるい流れのポイントを探して岸際を歩いてみた。
雲はちぎれて初夏の空が覗く。
どよんとした流れのエアポケットに「ここで出なきゃ帰ろ」っと思いながら最後の一投を投じた。
考えてみれば朝からじめじめと不快な中でずっと釣りをしていて、しかし帰る間際のこの気持ち良さはどうだ。涼やかな風が吹き、無意識にフォルスキャストをすると、「ああしてもいいんだ」とあらためて細流との広さの違いを実感したりする。

「待ってましたっ!」とばかりにヤマメが飛びついた。それはこっちのセリフです。
青空を映す水面に、晴れヤマメ。