「ライトついてますよ」
「は?」
は?じゃない。ヘッドライトがついているのだ。料金所のおじさん、ありがとう。今日はきっといいことある。なんてなんの根拠もない、勝手な思い込みで県道を西へ。
北上する前線と発達する低気圧に、次第に雲行きは怪しくなり、(もって昼までか?)と時計に目をやると、有効釣行時間は長めの映画の上映時間くらいか。
梅雨の走りだなんてニュースで言ってたが、いくらなんでもちょっと早過ぎやしませんか?
川に着いた時には空はすでに雲に覆われていた。
峠をひとつ越える。つづら折れの細い道を下っていくと、見るからに釣り師とおぼしき対向車が次々とやって来る。すれ違いざま、運転手を見ると帽子をかぶっている。車内で帽子、釣り師に間違いない(これも勝手な思い込み)。
しかし、不思議なものだ。彼らは私が今下って来た道を上っていく。峠の東側の川へ行くのだろう。私は彼らがやって来た方角(西)へ向かっている。お互いに自分がやって来たエリアの川には見向きもせず、相手のやって来た方の川へ向かっているのだ。
それぞれにこの日行く川のイメージが固まっているのだろうが、自分が居た方の川に入ろうとしないのはより遠くの川に釣果の可能性を求めるからだろうか。
峠を降りきり、更に細い道を進むとまたわき道がある。迷わずそこへ車を進める。ずんずん進む。するといきなり視界が開け、集落が現れた。まるでひっそりと外界から隠れているようなこの里の川が今日の目当てだ。
木によって青葉の成長の速度は異なる。
県の無形民俗文化財に指定されている神楽が伝承されている地区だということはぼんやりと知っていた。里が出来たのは大昔のことだが神楽の伝承は明治二十七年頃だという。こんなひっそりと佇む奥里にも根づき伝え続けられた文化があったんだなーなんてガラにもない事考えてたら、この日の一匹目が来た。

ここの川の石は青い。そしてその色を映したかのような青いパーマークのヤマメが私の手にあった。
(うわさはホントだったのか)
青いヤマメの釣れる川。実は今日はこのうわさ話の真偽を確かめるのが目的だった。
青い石の川の青いヤマメ。
呆気なくうわさの真相は明らかになった。この川によく似た場所をいくつか知っていた。どれも同じK山を源とする水系で、川(というか川底の石)の感じがどの川もよく似ている。
共通しているのは川の石が『青い』と言うことだ。真相がわかったからにはあとはもう釣るだけだ。ここのところの雨続きで増水気味の川は、ドライフライではきつそうに見えたが、「ここは必ず」というようなポイントで「必ず」反応がある。
サイズも中型から小型までが混じっているので、緊張感も途切れない。上映時間も半分ちょっと残っているし、まだまだいけそうだ。

様子が変わってきたのは一つ目の大場所の高巻きをしてからだった。反応がめっきり減ってきた。なんとか釣れても明らかにサイズが小さくなっている。上空同様、釣りの方も雲行きが怪しくなってきた。
行く先が曇っていると気分まで曇る。
アマゴも混じって釣れた。ヤマメの川ではヤマメが釣れてほしい。 「何枚も水中で撮ってるケド、手ェ冷たいの、我慢してんじゃないの?」
雨が降り出した。雨具を持ってきていない。それでもこの川(山)の素晴らしい広葉樹の林立は、雨粒を私の体に落ちてくるのを防いでくれている。
と思ったら、いきなり強風が吹き、大粒の水滴がどっと私を直撃した。
魚の反応はますます薄くなり、最初の青のヤマメが釣れた辺りは、ひょっとして竿抜けの区間だったのだろうか? と思う間もなく目の前に透過型のえん堤が現れた。
梅雨の走り? 冗談じゃない。確かに雨は必要だけどもうちょっと待ってください。と、願っても天の気圧配置には届かないようで、雨足は徐々に強まってきた。

ふと耳をすますとなにかが聞こえる。ドンドコドンドコ? 太鼓と笛の音? 祭りばやし、いや、神楽の演舞の音かも知れない。どうやら上映時間も終わり、最後のエンドロールが流れ出したようだ。
透過(スリット)型の鋼製格子えん堤。最近の流行だろうか?
集落を通り抜ける時また太鼓の音が聞こえてきた。集会所らしき建物からだ。この里の社中が練習をしているのだろうか? 
陸の孤島とも思えるほどの周辺の町村から隔絶された神楽の里。そこを流れる青い石の川の青いヤマメ。なんとなく不思議な空間、ここだけ時間の速度がゆるりと違うような気がした。

帰りの峠道、朝と同じように釣り師らしき対向車が来る。すれ違いざまに見る運転手の顔はにこやかだったり沈んでいたり。きっとそれぞれこの日の釣果に満足したり、後ろ髪を引かれていたりしているのだろう・・とこれも私の勝手な思い込みだが。
峠から里を望むが霧に沈んで見えなかった。