世間は軒並みゴールデンウィークで、しかし楽しくレジャー気分で過ごせるかというとそうとも限らず、 "メイストーム" と呼ばれる強風と横殴りの雨の洗礼を受ける事になる。
それでも合間の高気圧の接近を狙っての釣行は、ファインダーを覗くと中央だけでなく周辺光量の低下も全く見られない、"夏" を思わせる彩りで溢れていた。
飛ぶ水しぶき、しなるロッド。降り注ぐ陽光が新緑の葉を透過して私の肌を焼く。露出オーバーに気をつけながら、100デシベルを越えそうな水音に囲まれて・・。
水面に映すシンメトリーな私。
#12の真っ白なドライフライを結んでキャストすると、相変わらずサイズは小さめのアマゴが飛び出す。適度に気持ちの張りが失われない間隔で反応が続く。時折吹く川風もあいまって、実にストレスのない釣りだ。
連休は家族サービスで釣り人は減るとも思えるし、逆に増えそうな気もする。この日のこの川に限って言えば前者のようだ。下流側から川沿いを車でたどっても釣り師らしき車は見えなかった。
「思う存分川を独り占めだなぁ」と空を見上げたら太陽光に鼻孔が刺激されくしゃみが出た。
この季節の葉は緑を透過するフィルターとなる。
突然前方に人が現れた。距離はあるが遠目でもフライラインが伸びて行くのが見える。う〜む、微妙な距離だ。向こうはこちらに気がついていないようで、そのまま釣り上がり始めた。ここまで新しい足跡はなかったから、この辺りから入渓したのだろう。
独り占めもアッという間だった。どうしようかと迷ったが、取り合えずこのまま釣り上がってみることにした。近づきすぎず離れすぎずの距離を保ったまま、先行のフライマンが流してなさそうなポイントを狙ってみる。
しばらくはやはりというか無反応で、前のフライマンも遠慮なく川の中を歩いているのが足跡でわかる。どうも退渓するしかないかな、と思い始めた頃いきなりアマゴが飛び出した。よく太ったこの川特有の腹に斑点のない魚体だ。ポイントは誰でも狙いそうなところだったが、前のフライマンは流さなかったのだろうか?
遠くまで霞む事のない透明な空間。
更に釣り進むとまたプリプリのアマゴが出た。今度も普通の釣り師なら見過ごすはずのないポイントからだ。あのフライマンはヤル気あんのか?
時刻は正午をまわり、日差しの強い圧力を感じ出す頃、先行するフライマンが現れる前とほぼ変わらないペースの魚の反応にだんだん疑問を感じ始めた。
今はフライマンは川がカーブするその向こうに行っているため姿は見えない。いっその事距離を詰めて釣りの様子を見てみるか。目ぼしいポイントだけを拾い釣りしながら遡行のペースを上げた。
腹部の斑点の少ない、この川独特の個体。
前を行くフライマンの姿が見えた。河原にかがみ込んでいる。
「?」
なんだろう、なにをしているのか? と思っていると彼はすくっと立ち上がった。手にはカメラを持っている。釣った魚の写真を撮っていたのか。
彼はまだこちらに気がついていない様子で、また上流へ歩き始めた。かがみこんでいた場所まで行ってみると、「うっ」と声が出た。水辺の石にマエグロがびっしり止まっていたのだ。すごい数だ。こりゃぁ、カメラを持ってたら撮るよな、確かに。
上流へ目をやると彼はまたかがみこんでいた。だんだんわかってきた。この人は今日はあまり釣りをするつもりはないようだ。
私も経験があるが、釣りに来たのに釣りそのものよりも撮影に時間を費やす時期がある。もちろんその人が写真を趣味にしていればだし、ホームページを作っていたら尚更だろう。このフライマンはちょうどそういう事にハマッテいるのかも知れない。
また立ち上がった彼はフライロッドは小わきに抱え、右手でカメラを持ちファインダーを覗く。きっと新緑の渓を撮っているのだ。私もロッドを置いてカメラを出す事にした。
午後の逆光で木の葉が緑に透けて見える。風でそよぐ葉は遅いシャッタースピードではブレてしまうだろう。でもそれもまたいい。
この日はこの白の#12一本で通した。
ふと目の前の小さめのプールを見ると、流れが複雑に渦巻いているそこへ、細かなゴミに混じってカゲロウが流れ込んでいた。するとやおら水中からヌルッと魚体が姿を現し、水しぶきは一切上げずにまた水中へ消えて行った。
大慌てなのは私である。もどかしくカメラをしまい込むと、フライの結び目をチェックしてすぐにキャスト。焦らない方が良いようにも思うのだが体が勝手に動いてしまう。
フライはうまく流れに乗った。さっき見たのと同じように魚はヌルッと出てきたが、食ったのはフライではない。そのまま待つ。
また出た。しかしフライは食わない。
三度目、食った! 
「おっしっ!!」 思わず声が出て、しなるロッドを保持しつつ魚を寄せる。
鮮やかな黄緑色はこの季節のメインカラーだ。
ネットですくうとずっしりとした重量感が手にあった。アマゴは釣られた無念を見せようとはせず、大人しくネットに魚体を横たえている。
涼風が吹き、青葉が散って目の前をかすめていった。
まったくあのフライマンときたらこんなライズまで見過ごして、どういうんだ? と、前方に目をやると、彼は今しがたの私の大騒ぎですら気がついていないようで、でもようやくヤル気になったのか、ゆっくりとキャスティングを始めていた。
水中では大きい魚の方が撮りやすい。