土手をよじ登ると農道をトラクターがやって来た。運転の若いおにいさんは私を見るでもなくそのまま通り過ぎていく。
(こんな川でなにしとんじゃ?) とでも言いたげな表情に、おにいさん、正解。一匹も釣れん。来るんじゃなかった。

もうちょっと増水気味を期待していたが、すっかり減水していた。梅雨入り宣言した途端に雨は降らず、連日の夏日更新。
どうにも具合が悪い。まだ昼前なのにじりじりと照りつける日差しはすっかり夏のそれだ。
日差しを浴びて元気なのは木々の緑だけ。
前回の釣りではその夜キャンプをしたが、キャンプ地へ行く前に温泉に入った。それがあんまりにも気持ち良かったから、この日も温泉に入って帰るつもりで、温泉に近い川を釣行先に選んだ。
確かに温泉は大事だが、釣り人の本分は釣りのはず。確かに遠慮なく上昇する気温と強烈な日差しに大汗かいて、きっとこのあとの温泉は気持ち良いだろうけど、魚一匹も釣らんでただの徒労の汗では報われん。

この川はゴギが期待できる。こんな日は神経質なヤマメよりものんびりとゴギが釣りたい。良く見え良く浮く頑丈ででっかい真っ黒なだけのパラシュートで水面をバシバシ叩いて(?)釣り上がる。
しかし、釣り人の集中力のなさを見透かしているように反応はなく、その結果を受けて釣り人は更にだらけていくのだった。
緑のトンネル。涼風が吹き抜けるここだけ別天地だ。
釣りには流れがある。
その日の体調、疲れの溜まり具合、気持ちの抑揚などで、向き合う川の状況すら変わってしまうような気になる。
元来釣りなんて釣ってる時よりも出掛ける前の何度となく釣りの場面を想像する時の高揚感が、その楽しみのかなりの割合を占めるんだと思う。だったら釣果は二の次かと言えば、さにあらず。
満足のいく釣果は次の釣りへの期待感の源になる。ところが満を持しての釣りが、思うようなリズムに乗れず不完全燃焼で終わる事もままある話だ。
こうなってしまうとなかなかこの悪いリズムから抜け出せず、集中力も途切れての悪循環が続く。

この日もなんだかそのパターンのような気がする。時刻は昼をまわり、更に気温も上がって全く釣れる気がしない。
木陰の下でロッドを置いて休むのもいいものです。
木陰で岩にもたれて休んでいたらいつの間にか眠ってしまった。それは数分のことだったのだろうが、目が覚めたら俄然元気が出てきた。
まだ午後の気だるい時間帯だが、影になっているポイントを狙えばなんとかなりそうだ。釣り再開。

日なたと日陰に別れている小さなプールでドライフライをその境界線を沿うように流すとイッパツで出た。
ヤマメだ。底石の色に溶け込んだような体色をしていた。ようやく本日一匹目。
真ん丸のパーマークが千鳥で並ぶヤマメ。
次のポイントでまた反応があったが空振り。しかし、どうやら釣りの流れが変わってきたようだ。
バンバンに日が当たっているポイントは飛ばして陰になっているところを狙って行く。今日はどうしてもゴギが釣りたい。
次のポイントでゴギらしき魚体が躍り出た。ドンピシャのタイミングでフッキングしたはずだが、掛かったのは水中の流木だった。変わり身の術だ。最近の渓魚はこんな技まで使いやがる。全く持って釣りもしにくくなったもんだ(?)
白い斑点が鮮やかなゴギ。
さて、温泉である。
なにやらホタル祭りとかいうノボリが立っている。それでも入浴者はまばらで、気持ち良く湯に浸かれた。
そんなに大きい温泉ではないが、そこが逆にいい。昼間の露天風呂も天国だ。これで飲み物があったらね。

石敷きの湯船の底にユラッと魚影が見えたような気がした。最後に釣れた白いくっきりとした斑点を浮かべたゴギが、もう一度私の視界をかすめて行った。
こじんまりとした「ホタル祭り」。
カラコロと鳴る下駄は夏への足音。