確か先週の台風でまとまった雨が降ったはずだった。そこそこの増水は期待できる。
またゴギが釣りたくなった。きっとゴギと釣り人を元気にさせてくれる水位があの谷で待っている。
フライボックスを夏のテレストリアル用のものに替えてインターチェンジに向かった。すでにあきれるくらいに呆気なくフライに食らいつくゴギの魚体が目に浮かぶ。
私は私の空想を全く疑わなかった。
沸き立つ夏雲。そういえばまだ梅雨明け宣言はされてなかった。
川に到着して2投でヤマメを2匹釣った。なんのストレスもなくフライに出てくる。
(こりゃぁ、今日はヤッタナ)
と、これから存分に味わえるであろうヤマメやゴギの引きを釣らないうちから握りしめる。
もうすっかり暑くて、ここのところどうにも疲れがとれない。せめて釣りでだけは何も考えないで気分良くできたらなって思う。
こんな山奥までやってきてストレスはゴメンだ。
ワンキャスト・ワンヒットには実は理由があった。
ふと気配を感じた。
こんな山奥の渓谷で、あるとすればクマとかヤギ(はいないな)、あと考えられるのは人だ。
そう、人だった。しかも6人!
彼らの正体は沢登りだった。
彼らは笑顔で会釈して下流側から次々と私を追い抜いて行った。私がこの場所だけでしか釣りをしないと思っているのか、自分たちがこのあと川をばしゃばしゃと歩いて、私の釣りにどう影響するのかなんて思っていないのか(きっとそうだろう)。
ヘルメットをかぶり、肩にはザイルをかついで、ウエットスーツで身を固めている。
(ここから波田陽区ふうに)でもアンタ、この川、水位はスネまでしかありませんから、残念!
なにか言ったところできっとお互いの主張のし合いになってしまうだろう。
それになによりも、彼らの川を遡る速度から考えて、彼らの方が「先行者」という捉え方もできはする。
それでもとちょっと釣り上がってみたがやはりというか、反応なし。こうなるともう自分との戦いで、自分のキモチをどう踏ん切りつけるか、だ。
仕方がない。沢登りの連中が歩いていないであろう下流側へ向かう事にした。
時刻はまだ10時をまわったばかりだった。
この川はヤマメの川だ。でもそんなことは言ってられない。
暑い!
もうこの季節に釣りをするような場所ではなかったが、ほかの水系へ移動する元気はなかった。ここでやるしかない。
上流の区間に比べてクモの巣もものすごい。
それでもサカナはドライフライに飛びついてきた。アマゴだ。この川はヤマメの川のはずだ。でもこの際だ。OKです。
次に掛かったのは尾ひれのスレだ。いい、いい、これも許す。もうなんでもアリだ。

思うに上流域の魚影の濃さはひょっとしてあの沢登りの連中の影響も少なからずあるのかも知れない。
「あそこは沢登りが来るから」なんて評判が釣り師を遠ざけたり、彼らの遡行がサカナに警戒心を植え付けたり。
少なくとも正当な沢登りの人は渓魚の生活をおびやかす存在ではないのだろう。
これでもかっていうくらいの強烈なコントラストの夏の渓。
そこそこサカナの反応はあるが、やっぱり暑い。時刻も正午をまわり、もう体力的に限界が近い。おまけに今日は出鼻をくじかれて、いらん心の確執までさせられてよけいにグロッキーだ。
今日はここらで止めとこうか、と思い始めた矢先、目の前に現れたのはかなりイイ感じの小振りのプールだった。流れがプール中央で複雑にうねり、流下物はそこに溜まる。深さも適度にあり水底も大小の岩が沈んでいて、渓魚が身を潜める全ての条件を満たしている。
ロッドを握る手に力が入った。
コラ、マテ! 写真撮らせろっちゅーに!!
私の勘はたまに当たる。
流れに乗ったCDCカディスがうねりのあたりに差しかかった時、ばさっと横から魚体がフライを引ったくって行った。
勘が当たった。ぐぐんと重くサカナの手ごたえがロッドを伝わってくる。更に水中でブルブルと首を振っているのがわかる。
かなりのサイズだ。と、プッとその手ごたえが途絶えた。私は絶句した。

温泉に向かった。今日の川からすぐ近くにある。
大物を手にする事が出来ず傷心の釣り師を癒してくれるのは温泉しかなかった(?)
露天風呂に入ると外は雨が降り出していた。
確かにあのサカナと遭遇できたのは沢登りの人達に追い抜かれたからで、そうでなければあんな下流には入らなかった。とは言ってもねぇ。

雨足が強くなってきた。少し気温が下がったのか、風がひんやりと気持ち良かった。
今回は匹見峡温泉。雨はすぐやんでしまった。