台風の時の増水もすっかり落ち着いている筈。前回ダメモトで行って本当にダメだった釣りから10日経っていた。
峠を越えると、しかし状況は一変した。いたるところに雨の傷跡が残っている。先週の台風のものではない、もっと新しい傷跡だ。
ここ何日か大気が不安定で、午後になると各地に大雨洪水警報が出る。短時間ではあるが、そう、やっぱり山はあのあとも降っていたのだ。
こりゃぁ今日は(ヤッタ)かも!
ヒカリの筋が幾重にも射し込んで来る。
しかし、世の中そうウマクはいかないものさ。ここのところの局所的な夕立は予想以上に川の水位を上げていた。あちこちの土砂の流れ出た跡を見てもわかる。
それでも先週の竿も出せないほどの増水やそれ以前のかぴかぴの渇水よりかはよっぽどいい。
遠慮なく太いティペットにでかいドライフライを結ぶ。
えてして増水時には渓魚は水面の捕食が下手になる。ノーウェイトの水面下パターンが良さそうだが、やはりドライに食いつかせたい、そう思った。
それでもやはり、ゴギはちゃんと出てきた。
すぐにゴギが一匹。
いいじゃんか、やっぱり今日はええで。増水にかなりポイントがなくなってしまっているが、サカナが避難してそうなゆるいポイントにフライを投げ込むと確実に反応がある。今日こそゴギ五十匹を狙うか。
上流から風が吹き抜ける。街の連日の真夏日もここでは別の世界の話だ。今日はブヨも寄ってこない。
いいんですか? こんなに快適で?
ああ、でもなんかまたイヤな予感がする。いいことってそうそう続かないんだよねぇ(ってそう思うのは根っからの貧乏性のせいか?)
枝葉のすき間から真夏の熱射が。
でも木々がちゃんと守ってくれます。
イヤな方の勘ってなぜか当たってしまう。
すぐさまのゴギに気を良くしていたが、どうもそうではなかったようだ。徐々に様子が変わってきた。
第一級のポイントでゴギが出てこなくなった。あり得ない、ありえない、アリエナイ・・・。

最初何匹か釣ったあと、延々と無反応が続いた。どうやら今日も五十匹は雲行きが怪しくなってきた。
しかし、どうにも解(げ)せない。今日のこの川のこのコンディションでゴギときたらなにが気に入らなくてヘソを曲げてるんだか?
(魚類にヘソがありましたっけ??)
そうではない、ほかのなにかが作用している。根拠はないが、そう思えてならない。
日差しが強くなった。街の真夏日も山でとて例外ではない。なんだか今日も目論みが狂ってきたかなぁ。
たいがい増水しちょるよね、実際。
手前からアント、浮き、ガン玉。 徐々に発達し迫る積乱雲。
蛍光グリーンが視界をかすめた。
「?」
明らかに自然渓流の中では異物と思え、近づいてみるとそれは紛れもない「浮き」だった。付いている釣り糸も新しい。
(餌釣り師! 昨日かおとといっ!? 抜かれたかぁ!!)
そう、それならこの状況にも説明がつく。よもやこの水位で反応なしは絶対におかしい。
やり切れなさを押さえつつ浮きを引っぱり上げると、以外にも糸の先に結んであったのは毛ばりだった。しかもアント、しかもガン玉が噛ませてある。ある意味、これはこの季節の最強システムかも知れない。
(根こそぎ・・・)
考えたくはないがそんな言葉が頭をよぎる。ちょっとなー、ここまでか? もちろん私の推測の域を出ないが、あのアントシステムはなにか徹底した邪気のようなものを感じる。これも私の勝手な想像だけど。
しかしそういうことならあのアントシステムでは手が出せないポイントを狙えば・・とそう考えるのが妥当だろう。アントの主はテンカラかそれとも夏以外は餌の使い手か。いずれにしても低く木の枝なんかがかぶさっている所は苦手に違いない。
残念でした、フライフィッシングはそれが出来ますのよ、オホホ。見てろよ。
と思いながら実際にはなかなかウマクはいかない。すぐにそういうポイントを見つけたが、枝に引っ掛かったり奥まで届かなかったり、着水と同時に高速ドラグでフライが吹っ飛んで行ったり・・・。つまらん。

それでもなんとか数匹の小型のゴギが顔を出した。時刻は昼をまわり暑さもピークで、朝来た時の快適な風もぱったりだ。
ブヨの攻撃も始まり汗びっしょりで、こりゃ今日も温泉だって思った時、辺りが暗くなっている事にようやく気がついた。
ぼよ〜〜ん、って感じ?
不意にゴギが飛び出した。また一匹。そしてまた。サイズは小さいが、これは一体どういうことか・・?
どうやらアントの釣り師はここの手前くらいで脱渓しているようだ。線を引いたように反応が出てきた。こうも違うものか。逆にそれが恐ろしい。
「!」
急な反応の多さに戸惑いながらキャストしたユルイ溜まりで魚体がぐるりとうねった。でかい!
ロッドを伝ってくる手応えでそのサイズが普段の私の釣りでは馴染みのないものだとわかった。
突然頭上で雷鳴が轟いた。決してそれに驚いた訳でもなく、やりとりに全くなんの不出来もなく、そのサカナはあっさりバレた。

この先、まだ居る。間違いない。しかし上空では更に雷鳴が接近しているし、辺りは更に薄暗くなってきていた。
不完全燃焼の私の頭からはぷすぷすと煙が立ち上っていたことだろう。
平和で暑い水の上と、様々な確執が続く水面下。