突然目の前で小鳥が滑空を始めた。
車の進行方向へ道路に沿うように飛び続けている。
まるでこの日の私の釣行先の川へ案内してくれているようだ。さしずめ水先案内人のつもりか? それならパイロットフライならぬパイロットバードってとこか。
面白いように車の前を飛び続けた小鳥はようやく道筋から離れて飛び去った。
「ありがとう、ここまで来ればあとは自分で行けるよ」ってそりゃ当たり前じゃ!!
これ以上前を飛んでたら、鳥もちで捕まえてマテリアルにするところだっ(むむ、問題発言!)
藍(あい)色のパーマーク。この季節のアマゴは結構手ごわいっス。
川に着いて支度をしていると数台の車が通り過ぎた。
普段の週末なら釣りをしている間中、一台の車も通らないのがほとんどなのに、やはり世間は夏の休暇の真っ最中(自分もだが)らしい。
今日の川もその道中はかなり険しい道のりだ。それでも大型の4WD車やミニバンが次々と降りてくる。なんとも心細い山道が年に一、二度しか訪れない賑やかさに面食らってるって感じがする。
きっとこの川のもっと下流側にあるキャンプ場は満員御礼の大盛況に違いない。
こちらも夏休暇中の赤トンボ様。バンブーロッドの止まり心地がお気に召されたようで。
一投目でいきなり後方の木にフライが引っ掛かった。そそくさと外しに行く(どうも誰かに見られているような気がしてならなかった)。
ん? フライはビートルのはずがアントが引っ掛かっている。なんだ他の釣り師のか。フックが錆びているからかなり前のものだろうが、同じところに引っかけていやがる。へたくそめ(あとから引っかけたのは誰? 私?)

例によって朝車に荷物を積む時間が釣りのゴールデンタイムだったから、すでに二時間以上遅い。すっかり明るい・・というよりももう日中に近い。早い釣り師は今くらいに釣りを終わるんじゃないの?
実際早起きできなくなったよなー。ま、よく眠れるって事は決して悪い事じゃない。

水位は言うことなし、クモの巣も少ない。時計は見ない事にして、今度こその二投目、ありゃまた引っ掛かった。
たっぷりの流れに期待は高まる一方。
まだロクにロッドを振っていないのに、ジワリと汗がにじんできた。
釣りはサカナを釣る時よりも、引っ掛かった仕掛けを外す時の方が体力も気力も消耗してしまうものだ。夏は特に。
もう立秋を過ぎたんだからちっとはそれらしくなれよな。とにかく暑いんだって。
と、そんな私のリクエストに応えてくれたのかどうか、刹那の涼風が川筋を吹き抜けて行った。
(これは・・、素晴らしい。この風だけで今日来た甲斐があった。もう釣れんでもいい → いややっぱ釣れた方がいいに決まっちょる!)
聞こえるのは水音とセミの声だけ。
水面との境界をかすめるように一瞬魚体が見えた。間一髪、フッキングは間に合いこの日最初のアマゴを寄せる。
思えば最近対象魚はゴギ専門になっていて、ゴギ特有ののんびりとした釣りのリズムが身に付いていた。思いがけずアマゴが釣れたもんだから(ちょっとティペットを長くしようかな)なんて慌てて考えたりするのである。いい加減だなー、もう。

解禁からずっとアマゴやヤマメを狙って出掛けてて、そのうちそろそろゴギが釣りたくなる。暑い季節になったら特にそうで、のんびりゴギ釣りがいいやねーってノリで山へ行く。
それでも禁漁が間近になった頃、またアマゴの顔を見てみるのもいい。
この季節まで川で生き残っているヤツらの顔つきときたら、すっかりたくましい。
アマゴって血液型はみんなB型だったりして。
上方の道路からクラクションが聞こえた。なんかしきりに車の排気音も響いてきている。みなさん離合に苦戦しているようですな。
こちらは対向車(先行者)も居なさそうだし、なんの気がねも要りません。

細長い岩盤沿いのプール。しっかり陽はさえぎられている。久しぶりに長くラインを出してキャストすると、神経質なライズがあった。
ロッドを通して伝わってくるのはサカナの生命の息吹か、それともブリブリの食べごろサイズの肉感か?(また、問題発言??)

一息入れて木陰に腰を下ろす。岩に当たって水しぶきが私の顔まで飛んでくる。砕け散ったしぶきは夏の陽射しを浴びてきらきらと光って宙を舞う。
う〜ん、もう天国だ。でもいくら天国でもハラは減る。おにぎり食うか。
四散する水飛沫が放つのは水だけではない。
また上方に目をやると木々のすき間から道路に何台もの車が止まっているのが見える。
どうも離合がうまくできなくて車が詰まってしまっているようだ。なんともこんな山奥で渋滞か? すごいね。
それに比べてこっちは快適な谷底で(場所によっては暑いけど)水とサカナと戯れているのだ(サカナに遊ばれてるって話もある)。まあ、そちらからは見えないし気がつかないでしょうけど、こっちは余裕で路肩ぎりぎりでじわじわと離合に気を使うドライバーの方々を哀れんでいるのさ。
んー、まてよ。あれが私の数時間後の姿だったりして・・。ま、今日はゆっくりしましょう。魚達はまだちゃんと待っててくれる(はず?)だから。
さて、渋滞緩和待ちでもうひと釣り。
だいたい夏はどんなフライでどんな釣り方が効果的なのか?
落ち込みの白泡の中なんてきっと良いサイズのサカナが居るんだろうけど、ドライフライだとどうも攻めあぐねる。
だからと言って指をくわえて見過ごすのも悔しいし、ダメモトで白泡の中にフライを投げ込んでみた。パラシュートのポストはピンクだったがハックルが黒なので、白泡の上でポコポコ踊るように浮いているフライは見失う事はなかった。
そして、ダメモトの一匹は確かに白泡から飛び出し、その藍色の模様をあらわにしたのだ。
夏でも酸素たっぷりの隠れ家の住人。