パラシュートは無視された。
ヌルッと岩の際に魚体を見せて、とにかく何かを食っていやがる。フライの流れるすぐ横でさえ平気で顔を出す。今年の初ライズの主はかなりややっこしい。何度も流すうちに止んでしまうかと思ったが、またライズした。食い気は満々のようだが一体何を食っているのか?
ふと思うに、ここ何年かフライのパターンだとか流す層だとかに神経を使ったっていう場面があまり記憶に残っていない。だんだん横着な釣りが身にしみ込んできていたようだ。
これまたしばらくぶりのCDCパターンに結び替えてみる。イッパツだった。
散々流したパラシュートがなんだったのか? 呆気なくCDCパターンをくわえ込んだアマゴは無念だったことだろうよ。しかし、ここは釣り師の方が一枚上手だったようですな(もっとマメにフライ替えよ)。
廃線の駅舎のまだ五分咲きのサクラの木の下で。
ポツッとなにか落ちたかと思ったらザッと雨が降り出した。快晴とまではいかなかったが薄曇りだったはず。いつの間にやら雲が出ていた。
水も冷たいしここまで一回のライズがあったのみだった。この先にそれほど期待するものもないし、ここは一計を案じて水系を変えてみるか(一計というほどでもないが)。
もう少し標高の低いエリアへ向かう事にしたのはまだ昼前だった。
今年の初ライズ。何がハッチしたのかはわからんが、マッチしました。
山を下る途中で気になっていた支流に入ってみた。細い林道をかなり進むだけ進んで目の前に現れたのは、雪だった。
「ちょっとこれは・・・」
強行突破の形跡を示すわだちも残っていたが、私は早々に退散することにした。来た道を延々バックで下がった。やれやれ。
さっきの川でも釣れたから良かったもののあれで釣れなくて雨に降られてじゃ散々だった。
それにしてもこのあたりはまだサクラもツボミで、春は浅いようだ。
四月に雪に降られたこともあった。
次の川はライズの釣りが信条で、過去に二度良型をバラした、痛い思い出のある川だった。
車1台がやっと通れる細い道に入り、離合帯に停めて川を見ると、やってるやってる。
プールの流れ込みのほんの二つくらいのレーンで複数のサカナが水面を揺らしている。川の様子はかなり変わっているが、やっぱりサカナの着く場所らしい。矢もたてもたまらずロッドを持って川岸の斜面を駆け下った。
さっきのCDCパターンが付いたままだ。それをキャスト。・・・・沈黙。
半沈みのフローティングニンフに付け替えた。・・・・無視。
ノーウェイトのイマージャーを水面下に流し込む。・・・・問題外。
何度投げてもライズ自体は止む気配はなく、しかし流れるフライには全く無関心。
場所を変えてもとにかくこの日は寒かった。
ライズの主はアマゴである事には違いなさそうだが、どうもそうムキになるほどのサイズではなさそうだ。
完全にシカトされて悔しいが、川を変えるなら早い方がいい。まだ止まないライズに後ろ髪を引かれつつ、車に戻った。
細い道をそのまま抜けきろうと思ったら、前方で地元のおじさんが手押しの台車を道に停めて、脇の水路の掃除をしていた。台車を退かしてもらおうと思ったが、退かす場所がない。結局また来た道を延々バックで下がった。今日はこんなのばっかだ。
こいつは出合い頭の一匹。
またしても川を変えた。この日四つ目のこの川は高速道路に沿うように流れる(ホントは高速が川に沿うように作られたんだな)。ライズは見当たらないが朝の川に比べて水温はさほど冷たくない。期待が持てる。
一投目で一匹釣れた。小さい。
二投目、微小。 三投目、極小。
入れ食いである。しかし・・・。
戦意喪失。早々に引き上げる。この川はほかの区間でもこんな状況だろうか? 
諦めきれずに車で上流を目指す。途中道が細くなり、イヤな予感がした。そして前方に現れたのは、道路をふさぐ砂防えん堤の工事中の重機だった。
蛇行する川をつらぬく直線。
「釣り場を移動するからソコどいてよ」なんて言ったらおおごとになりそうな雰囲気に勝てず、この日三回目にして一番長いバック走行。
「男の人がすいすいバックで運転するのってかっこいいワ」なんて女の子がよくテレビで言ってるけど、冗談じゃない。不確かな視界と姿勢での自分のバック運転にどうも車酔いしてしまったらしい。サイアクだ。
それでももはや執念で次の川へ行く。ふらつく足取りで入渓した川は素晴らしい渓相で、(最後の最後でヤッタナ)と、吐き気も吹っ飛んだ。ところがその渓相に反して全くの無反応。
「アリエナイ、アリエナイ」とつぶやきながらゆるくカーブした流れを進むと、その向こうにバリバリの護岸工事中の岸辺が見えた。
「終わった・・・」とぐったり肩を落として、川を見る。重機に護岸と反対側の岸に強制的に寄せられた流れが虚しい。
なかばヤケクソでその流れにキャストすると、ひょこっとアマゴが釣れた。
「なんなんだ、君は? ああ、そうか。渓相のいいところは釣り師が散々攻めて、護岸工事が見えたら、即退散したんだな。だから君たちはこんな釣り師が攻めないような流れに身を隠すしかなかったってことか」 と問い掛けるとそのアマゴは、この日釣りよりも長く山間部を迷走して最後の最後にここに行き着いた私を哀れむように
「そうなんよ、私らも生きるのに必死なんだってば」と、優しく返事をかえしてきた。
「んな訳ないだろ。手ェ放せよ」