軒並み1000m級越えの主稜のならぶJ山塊。懐の深さを感じさせる。
険しい谷に入るのは、その懐の深さに可能性を求めるからで、つづら折れの峠道をこれでもかと言うくらいハンドルを切りながら登り、そして降りる。しかし、こちらの思惑が必ずしも当たるとは限らず、外れた時は容易に脱出することが出来ず限られたそのエリアでの渓魚を巡る攻防が始まる。
外れた時というのは、入渓者が自分の予想を上回った時で、この日はまさにそうだった。峠を降りきったのが午前9時。その時点でこの川筋に3台の車が停っていた。
(3人ならまぁ、なんとか釣りは出来るか)と、どの車からも一番離れた辺りを見当つけて入渓した。
しかし、この満を持しての入渓は全くの期待外れ。確かに水温は冷たく、まだ釣りに入るにはここは時期的に早いのかも知れないとも思うのだが、3台の車の存在は必ずしもそうとは言いきれないと主張しているかのようだ。
それでも魚の反応は思わしくない。他の釣り師はどうなんだろう? しばらく釣り上がると川に沿って通る林道の路肩にこの日4台目となる釣り師らしき車が停っているのが見えた。
ここまでか。
新緑のまだ少ないグレーの木々がこの季節の特徴。
思い切って水系を変えたいが、ここに降りてくる峠をもう一度越えることを考えたら、そのあと釣りをする気分にはとてもなれそうもない。
なんとしてでもこの谷でこの日の釣りを完結させなければならない。
車で来た道を戻り、もうほかの車の位置を気にする余裕もなく、川へ降りてみる。渓相はいい。それでも魚の反応は薄い。
木々が芽吹きのために川の水を吸い上げる。いわゆる「木の芽時」。
気がつくとすぐ先にルアーマンがいた。こりゃだめだと思いつつキャストを続けていると、そのルアーマンがやにわに携帯を取り出し話始めた。この深い谷で通じるのか、と思ったが何か気配を感じ、振り返ると後方にもルアーマンがいた。携帯で話している。
「おい、間にヘンなのが入ってきたぞ」
「ホントだ。なんだこいつ?」
と言う会話かどうかはわからなかったが・・。
大型のカゲロウが姿を現し出すと、グッとヤル気が増してくる。
さすがに前と後ろに釣り人がいて、いかにもふたりは連れ、という状況では竿を振り続けられない。早々に降りたところからまた川を上がる。
川筋をもっと戻って見る事にした。朝来た時の車はまだ居る。それどころか、更に釣り師らしき車は増えていた。よくわからないのが同じ場所に3台も停っている所だ。車の停っている場所から川に入るか? 普通??
しかし、気持ちはわからないでもない。もう他に入るところがないのだ。
この日はこんなチビ止まり。
私と同じようにこの谷底まで降りてきたからには、そうやすやすとは大きく水系を変える気にならないのだろう。ついさっき先行者が釣り上がったばかりだとわかっていても、そこから釣り始めるしかないのだ。
川をのぞいてみると、若い餌釣り師のカップルがふたりで竿を振っていた。なんか見ていても全く釣れそうもない。と思ったら女性の方が一匹釣った。ちっちゃい、全く持ってそれじゃぁ話にならないですよ・・・。しかし、それでもうらやましかった。とほほ。
川側の条件だけでは釣果は決まらない。
良型が釣れれば、気持ちも高揚し意気揚々で家路に着ける。確かに小さいのばっかりだったらそういう気持ちの高まりは沸き上がってこない。
ただ、なにかストレスがふっ切れたようなスッキリ感はある。釣果はともかく自分の思うように川を歩けて竿を振れた、と言う事が大事なのではないかと思うのだ。

この日の釣りはそれが叶わなかった。
至る所に人の気配。街から遠く離れて、峠道を越えて深い谷底に降りて行くのは、その谷のある区間を独り占めしたいからだ。そんな刹那の占有感は街に居る限りなかなか実現し得ない。
この行動範囲を限定された谷で、釣り人の渦に巻き込まれてしまった以上、3台かたまって停っていた車の釣り師みたいに、覚悟を決めてもう一度川に降りてみるしかないようだ。
谷の遥か上方には大規模林道の橋が見えた。